「蒲田行進曲」「スチュワーデス物語」では“アイドル”だった風間杜夫 77歳の現在は「やりきった感」が原動力
97年にひとり芝居“牛山明シリーズ”をスタートさせ、今年は3月に第9弾「カラオケマン さすらいヘルパー」を上演。03年に文化庁芸術祭演劇部門大賞を受賞したこのシリーズは今回も好評で、11月の再演が決定している。舞台を縦横無尽に動き回り、歌う風間さんは先日、喜寿を迎えたとは思えない元気さだ。
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「『船頭さん』という童謡に『村の渡しの船頭さんは今年六十のお爺さん』という歌詞があるように、〝おじいさん〟といわれる年齢なんですよね。でも、還暦や古希のときもそうでしたが、自分では年齢を感じない。喜寿ともなれば、人生の最終幕を迎え、あとは緞帳が下りるのを待つだけ、という心境ではありますけど」
風間さん、やや神妙な面持ちだ。体調に変化があったのだろうか。
「いや、長期入院するような大きな病気は経験ありません。毎晩酒飲んで、たばこもやめてないのに。内臓が丈夫みたいです。丈夫に生んでくれた親に感謝しなきゃいけないね。ケガはこの正月に、ベッドから転がり落ちて、鉄製の健康器具にぶつけて肋骨を折っちゃいましたけど。家の中でつまずいたり、転んだり、ってのもありますよ。でも、なぜか舞台に立つと大丈夫なんですよ」
若い頃からストレッチやスクワットを習慣化し、コロナ禍以降は、時間があるときは1日7000~8000歩歩くように。日々の積み重ねが下地となっているのだ。
1人舞台ともなれば、覚えるセリフの量も膨大。それも、問題なく覚えられるという。
「僕の場合、昔から耳で聞いて覚える。若い頃、つかこうへいさんの舞台に立っていたでしょ。つかさんっていうのは、口立て(演出家や作家がセリフを稽古の場で作り、役者に伝えながら芝居を作りあげていく手法)だから、その習慣がずっと残っていてね。口立てのセリフを自分で文字に書き起こして台本にし、それを自分で読んで録音し、それを聞いて覚えるんです」
覚えることを長年続けてきたことで、記憶力も鍛えられたのだろう。
「やっぱり、元気で長生きしたいから。それには、舞台を持続していくことが一番だと思うんだよね」
■「喜寿まで生きて、出会いが増えることが喜び」
風間さんにとって、長生きの喜びは何だろうか。
「つかさんは62歳、つかさんの事務所で一番早く売れた俳優・三浦洋一は46歳、作詞家・大津あきら(中村雅俊『心の色』など)は47歳と早く亡くなった。彼らとの出会いがあったから今の僕があると思うんだけど、早世した彼らの無念を思うと、僕は喜寿まで生き延びて、そのぶん新しい出会いを楽しめている。仕事だけじゃなく、家族も増えた。出会いが増えていくことが喜び。ありがたいことだね」
「カラオケマン さすらいヘルパー」ではヘルパー役を演じている。介護やヘルパーというテーマとは縁遠そうだが、意外にも実父の介護の経験があるという。


















