萩本欽一〈36 〉茨城GGを創設して野球界に乗り込んだ理由は長嶋茂雄さんとの2人きりの会話
「1回、野球をチャラにしないといけない」
萩本「そう。そのとき長嶋さんが『野球がサッカーに負ける』『子供がみんなサッカーへ行く』って言うの。『これを何とか食い止めなきゃいけない』って、朝から晩まで暇のある間ずっと話してた」
増田「それはあれですかJリーグが始まる?」
萩本「そうそうそう、その頃だと思いますね。その長嶋さんの言葉が頭に残って、野球の視聴率を見るようになったら、あ、これ数字が悪くなると思って。昔は20%いってたんだけど、数字がいかなくなるぞと思った。そしたらグングン落っこってきて、とうとうね、総合ランキングからいなくなったわけ。これは1回ね、野球をチャラにしなきゃいけない。ここで新しい野球ってのをやっとかないと本当にダメになっちゃう。そう思って、私がやりだした。今はもう随分ねえ、独立リーグとか増えてるけど」
増田「そうですね、たくさんできてる」
萩本「でしょう、独立リーグなんてアマチュアだろうって言う人もいるけど、そんなことはないよ。四国独立リーグから今のプロ野球に入った人とかね」
増田「はい、いますよね」
萩本「でも、四国独立リーグなんてもうお客さんがいなくてね。俺、飛んでったもん。お客さんいっぱい来て、そのときに元西武の石毛(宏典)さんがさ、涙流して、欽ちゃん本当にありがとうね。お客さんいっぱい来てくれたって」
増田「喜んでくれたでしょうね」
萩本「そう。だけどもルールでプロからそういうのへ行っちゃいけねえとかなんかね、あったらしいの。それでもこれからの野球にはこういうもので元気出さなきゃダメだってやったら、人が入らないんだよ。見ててさ、誰も応援する人いねえのかよと思ったからさ、俺、飛んでったの。そしたらお客さん入ってくれてさ。頑張ってねって帰ってきたんだけど、でもずっと続いてるしね。そこからさ、もう今プロに入る選手が出てきてる」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















