「自慰行為」の語源になった人物の悲劇。“悪いこと”と罰された本当の理由

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コクハク

兄の代わりを命じられたオナン

 職場や近所、SNS界隈に現れる「残念な人」、いますよね。実は今から約2000年前から現在に伝わる「聖書」にも「残念な人」がいるのです。

 SNSで聖書を面白くわかりやすく伝える活動を続けている上馬キリスト教会ツイッター部のMAROさんは、世界的なベストセラーの聖書は「人間の残念さの歴史」とし、残念だからこそ救われ、人からも神様からも愛されるのだと解説しています。

聖書のなかの残念な人たち』(笠間書院)より聖書に登場する人たちの「残念」な失態エピソードを一部抜粋・編集してご紹介します。

 ヤコブの12人の息子の1人、ユダは、兄弟たちから離れて暮らすようになりました。そこでエル、オナン、シェラという3人の息子に恵まれました。やがて彼らが成人すると、長男のエルはタマルという妻を迎えました。しかしエルは、その後ですぐに死んでしまいました。

 父ユダは次男のオナンに言いました。「兄エルのために、タマルとの間に子どもを作りなさい」。つまり、兄の代わりに弟がタマルを妻としなさい、ということです。

 しかし現代の感覚と違うのは、弟オナンと兄嫁タマルの間に子どもができたとしたら、その子は兄エルの子として扱われる、という点です。

 当然その子孫はみんなエルの子孫だということになります。オナンは生まれる子を自分の子であっても自分の子として扱えないということなのでした。

 現代の感覚ではかなり違和感を覚える言いつけですが、当時はこれが一般的なルールでした。家の長男だけが家の子孫を残せるルールだったんです。

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「自慰行為は罪だ」という認識広がった

 これにオナンは不満を抱き、表向きはタマルと一緒に寝たのですが、性行為をした振りだけして、実は自分でいわゆる「自慰」をして、子どもができないようにしていたのでした。

 聖書の記述で言えば「兄に子孫を与えないように、兄嫁のところに入ると地に流していた」ということになります。

 このことについて神様は怒り、オナンを殺してしまいました。そしてこのエピソードにより、オナンは「自慰」を意味する「オナニー」という、ちょっと恥ずかしい単語の語源になってしまいました。

 オナンは聖書では、ほんの少ししか登場しない地味なキャラなんですが、そんなちょっと恥ずかしい単語として、後世まで何千年もその名が残ることになってしまったのでした。

 このエピソードから、「自慰行為は神様が怒る行為だ、罪だ」という認識がかなり広がったのですが、神様が怒ったポイントは本当にそこでしょうか。

神様の怒りポイントは

 もちろん自慰行為だってしないに越したことはないですし、それもそれで残念な行為なのでしょうが、それと同等かあるいはそれ以上に、オナンが「神様の目をごまかすために」それをした、ということが神様の怒りポイントだったのじゃないかと僕は思っています。

 タマルと子どもを作るふりだけして、しなかった。それをごまかすために自慰行為をした、ということですから。

 このように僕たちは、クリスチャンであってもそうでなくとも、表面上の「行為」だけを見て「これは良くないぞ」とか「これはしてはいけないぞ」とか、短絡的に判断してしまうことがあるのではないでしょうか。

 しかし神様が「行為」よりも重視するものは「動機」や「心」です。

 前述したバベルの塔のエピソードでは、人々が高い塔を建てて神様の怒りを買いましたが、神様が怒ったのは「高い塔を建てた」という「行為」ではなく、「我々は神を超えるのだ」という「動機」に対してです。

「実」と「木」の因果関係

 イエスに敵対したパリサイ人たちは、人々の「行為」ばかりに注目してあれやこれやと文句をつけ、自分たちの「行為」ばかりを立派にして、その「動機」や「心」を見ていなかったのでイエスに大いに批判されました。

 もちろん「行為」には「動機」や「心」も反映されるものです。聖書の他の箇所には「信仰の実は行いによって現れる」と書いてあります。

 ブドウの木はブドウの実しか結びません。良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結びます。

 しかし僕たち人間は時として、しかも思っているよりかなり頻繁に、この「実」と「木」の因果関係を誤認してしまいます。

 普通に見れば因果関係がありそうな2つの事象でも、よく精査してみれば、実はまったく因果関係がなかった、とか、因果関係が反対だった、なんてことは、科学や統計の世界ではよく起こることですし、この誤認については何百年も哲学者たちがあーでもないこーでもないと議論を交わしています。

 たしかに神様なら「実」から「木」を正しく見ることができるでしょう。しかし僕たち人間には「実」だけから正しく「木」を見ることは難しいんです。

自分の胸に手を当てて

 そんなわけで僕たちはつい、表面的な行為だけを見て、他の人を「悪い奴だ」と判断してしまったり、その行為だけを切り取って「これは悪いことだ」と判断してしまったりするわけですが、聖書に記されている神様の怒りの数々というのは、表面的な行為よりもその動機や心に対して下されていることを見落としてはいけないと思います。

 ですから、たとえば性的好奇心の旺盛な思春期の少年少女に「そんなことをしてはいけない!」と目くじらを立てるよりも、「自分は神様の目をごまかしていないだろうか」と自分の胸に手を当ててみるのを先にすべきかと思います。

 他人のことは「行為」しか見えません。でも自分のことは、その奥にある「動機」や「心」まで見えるはずです。

 神様がオナンに怒ったのは自慰という「行為」なのか、神様の目をごまかすという「動機」なのか、あるいはその両方なのか。

 性的な罪はセンシティブな問題である故に、今一度よくよく考えてみたいと思います。

書籍情報『聖書のなかの残念な人たち』

書名 : 聖書のなかの残念な人たち
著者 : MARO(上馬キリスト教会ツイッター部)
発売日: 2025年5月26日
頁数 : 288ページ
定価 : 1,980円(税込)
出版社: 笠間書院

(MARO(上馬キリスト教会ツイッター部) )

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