「全員タナカヒロカズ」田中宏和氏

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「全員タナカヒロカズ」田中宏和氏

「京都に生まれ育ち、中学生のとき、自宅近くの医院で『あなたと同じ名前の人がいる』と言われました。それが同姓同名をちらりと意識した最初でしたが、昭和の京都では『田中』が最も多い名字だったので、自分が平凡な名前であることが嫌で嫌でしかたなかったんです。ところが、東京本社の広告代理店に就職して3年目、25歳のとき、私にとってまさに“歴史的事件”が起きまして」

 1994年秋、テレビのニュースで「ドラフト1位指名 田中宏和投手」とのアナウンスを聞き、雷が我が身に落ちたような衝撃だったという。その1カ月後、文芸雑誌に田中宏和の名前を見つける。同姓同名の研究者もいたのだ。「愉快すぎる」と、以来、著者は同姓同名の人を探し、同姓同名の人同士がつながる活動に、もちろん手弁当でのめり込む。本書は、30年間の「タナカヒロカズ運動」の抱腹絶倒エッセーだ。

「受け取った人をニヤリとさせる年賀状を書くのが以前から好きだったんです。そこで、95年の年賀状に、近鉄バファローズの田中宏和選手の記事を貼り付け、97年には同姓同名の別の人と間違われて自動車ローンが組めなかったネタを書いた。すると、周りから同姓同名の人情報が寄せられるようになってきました。映画『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』のテーマ曲の作曲家も、長野県須坂市『豪商の館 田中本家博物館』館長も田中宏和さんだったとは」

 本書からは、同姓同名の人との出会いがあるたび、「自分が同時多発的にいろんな人生を生きているような気持ちになった」という著者のワクワク感が伝わってくる。2002年の年末、仕事上のつきあいがあったコピーライター・糸井重里さんのWEBサイトの一日編集長を頼まれ、同サイトで同姓同名情報を募ると続々メールを受信。当初、名乗りを上げてきたのがインダストリアルデザイナー、WEB制作会社経営者、レコード会社社員らノリのいい人たちばかりだったのは、類は友を呼んだのだろうか。

「06年に、5人の『田中宏和さん』で集まる宴会を初めて開いたんです。話が続くかなという心配は杞憂に終わり、全員が一体感を持って楽しく会話できた。そればかりか、前後して田中宏和のWEBサイトやオリジナル『田中宏和のうた』をつくろうということになり、実現していったんです」

 その頃から「いろんな田中宏和がいても、誰ひとり同じ人はいない。人って生きているだけで個性的」とマスコミに取り上げられ、注目を浴びる。どんどん増えた田中宏和さんが一堂に会する大イベントを開催するあたりも読みどころだ。「同姓同名の最大の集まり」のギネス世界記録が目標となり、22年に178人で達成(98日後にセルビアの団体に記録を破られた)。

 さらにメンバーの得意分野を生かしてトレーディングカードをつくったり、1人が生産する米を仲間に流通させたりと、近年、活動の幅はますます広がっているという。漢字規定を外してから会員数が一気に増え、6歳から82歳までの目下265人。

「今思うのは、人はちょっとした“同じ”で仲良くなれる。そしてお互いに協力することができたら、誰もが世界一になることができるということです。『タナカヒロカズ運動』はホモサピエンスという種の人体実験だった……」

 本書には、古代から現代に至る日本での名前の変遷や、他国での姓の成り立ちなども記され、名前関連の雑学もいっぱい。同姓同名でなくとも集まりはつくれ、新しい人間関係を築けるのかもしれないと思わせられる。 (新潮社 1870円)

▽田中宏和(たなか・ひろかず) 1969年、京都市生まれ。タナカヒロカズ運動発起人の「ほぼ幹事」。ブランド・クリエーティブ・ディレクター。大手広告代理店勤務を経て、2024年に「タナカヒロカズ株式会社」を起業し、代表取締役兼CEOに。渋谷のラジオプロデューサー兼パーソナリティーも務める。

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