「生きがい 世界が驚く日本人の幸せの秘訣」茂木健一郎著/新潮文庫(選者:稲垣えみ子)
ガイジンになったつもりで「IKIGAI」を謙虚に学ぶのが良い
「生きがい 世界が驚く日本人の幸せの秘訣」茂木健一郎著
この本を知ったのも先日のインド旅行がきっかけである。連日通っていた路上チャイ屋で隣の青年と目が合い、日本から来たというと彼は目を輝かせ「イキガイを知っているか」と言った。え、なに急に? と戸惑っていると、彼はスマホを操作して本の表紙を見せ「とても影響を受けたんだ」とニッコリした。それがこの本のもととなった「IKIGAI」である。茂木氏は英語で本書を書き、それは約30カ国で出版されてインド青年の心を打ち、巡り巡って私にオススメのお鉢が回ってきたのである。
正直「日本すごい」系の本を読む趣味はないが、そんな不思議な縁に心を打たれて読んでみたら良き本であった。外国人向けに書かれた本なので「日本」が強調されているが、中身は普遍的な「生きる知恵」ともいうべきもので、それは一言で言えば「ささやかな人生を愛そう」「世間的な成功とは関係のない、自分自身の生きる楽しみを持とう」ということである。
それを、世界に知られる日本文化である寿司、和菓子、ラーメン、コンビニ、コミックマーケット、相撲などを引き合いに出して伝えているのが、この本が外国で受けた理由であろう。あのインドという複雑な豊かさを持つ国の青年にも響いたのだから、その試みは間違いなく成功したのである。
ただ日本人がこれを読むときは注意が必要だ。実際には、このような生きる知恵は、日本に限らず世界中の人が実践していることだと私は思う。オバマ大統領をもてなした店として一躍有名になった「すきやばし次郎」の小野二郎さんが今の地位を築いたのは、成功を目指して努力した結果というより、目の前のお客を少しでも喜ばせたいという個人的な探究心(生きがい)の積み重ねであるという話は示唆に富むが、それは世界中のまっとうな料理人が多かれ少なかれ必ず持っている心持ちであるに違いない。
だからこの本を日本人が「日本すごい本」として読んではもったいない。ガイジンになったつもりで、著者がガイジンにもわかるように丁寧に解説する「生きがいの見つけ方」を謙虚に学ぶのが良い。何しろ昨今では高齢化を背景に「生きがいを持とう」と奨励され、「生きがい」を大げさなこと(趣味を持つとかボランティア活動をするとか)と考え重圧まで感じている人は多いのである。本当はどんなささやかなことも生きがいになりうるし、それは今すでにあなたが持っているものであることが多いのである。 ★★半