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大竹聡ライター

1963年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーに。2002年には仲間と共にミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊した。主な著書に「酒呑まれ」「ずぶ六の四季」「レモンサワー」「五〇年酒場へ行こう」「最高の日本酒」「多摩川飲み下り」「酒場とコロナ」など。酒、酒場にまつわるエッセイ、レポート、小説などを執筆。月刊誌「あまから手帖」にて関西のバーについてのエッセイ「クロージング・タイム」を、マネーポストWEBにて「大竹聡の昼酒御免!」を連載中。

(4)94年目のマンハッタン

公開日: 更新日:

「吉田バー」で飲む最後の一杯に

 初代のマスターは、店を開くとき、洋酒のことをほとんど知らなかった。しかし、これからは洋酒の時代だと果敢にバーを開いた初代を、客たちも支えたという。ある貿易商が、ニューヨークでこんなカクテルを飲んだよと、ある一杯を教えた。

 それが、マンハッタンだった。ベースはライウイスキーかカナディアンウイスキー。そこに、スイートヴェルモットと数滴のビターズを加えてじっくりステアをし、マラスキーノチェリーを入れて完成する、ごくシンプルなカクテルだ。

 私はこのマンハッタンを、「吉田バー」で飲む最後の一杯にしようと思っていた。ジントニックで始め、アイラモルトのソーダ割りを一杯、二杯と重ね、私と同じように、店との最後の別れを惜しむようにして飲む客たちと肩を並べて、じっくりと味わう。

 惜しい。今になってその思いがこみ上げる。この店を失うのは、惜しい。大阪へ来るたびに寄り、世間話に興じ、啓子さんの好きな芝居や俳優さんの話を聞きながら飲むのは楽しかった。切り絵作家の成田一徹さんが亡くなったときは、この店で一緒に泣いた。

 次から次へと思い出が流れ出てくる。そろそろ、マンハッタンをもらおう。初代が客から学び、洋酒ガイドを執筆した二代目が受け継ぎ、そして今、三代目が目の前でつくってくれる、94年目のマンハッタンだ。

 昭和6年。ニューヨークから帰った日本人ビジネスマンが初代の吉田さんに教えたマンハッタン。今となっては、この一杯に巡り合えた幸運に、感謝すべきだろう。

【連載】大竹聡 大酒の一滴

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