(5)寿司屋で酒を飲む
兵庫県は西明石駅にほど近い「菊水鮓西店」。ここではご主人にお任せして、旬のネタを中心に握っていただくことにしている。
10年前の今頃、初めて訪ねたとき、ツバスというネタの握りを食べた。これはブリの幼魚で、脂がしつこくなく、甘く上品で、私はブリよりうまいと思った。ほかに、塩とスダチで食べるタイや、塩山椒をあしらったものとタレと岩海苔をあしらった2貫を楽しませるアナゴも格別だった。私はそのうまさに驚くばかりで言葉も出なかったが、ご主人が薦めてくれた能登の銘酒「宗玄」も良かった。注ぐ猪口は、滋賀県の陶芸家、神﨑継春氏の作である。
植物灰を主原料とする灰釉という釉薬で仕上げた陶器で、底の中央部分は丸く緑色に染まっている。そこに酒を注ぐと緑の中で酒を飲んでいるようで、実に爽快な気分に浸れる。あまりにきれいなので、私は、明石からの帰りに滋賀に立ち寄り、神崎氏の作品を買って帰ったものだった。
毎年、ツバスが獲れる秋になると、明石の寿司屋の美しいカウンターを思い出す。年内に足を運ぶことができるだろうかと算段するだけで、心が浮き立つ。世の中にうまいものはたくさんあるけれど、私にとって、気に入った寿司屋で飲む酒ほど楽しみなものはない。


















