西口彰事件 島に住む老婆が小声で呟いた「何であんな事件を起こしたのかね」

移住先として最近人気があるという長崎県の五島列島の中通島。この島は、平たい土地が限られていて、海から山が突き出たような地形をしていた。
海を背にしながら細い山道を歩いていくと、両側にはわずかばかりの段々畑が広がっていた。白い頬かむりをして背骨の曲がった老婆がひとり、畑の中で雑草を抜いていた。この辺りに連続殺人犯・西口彰の生家があったと聞いていた。私は老婆に生家の場所について知っているか尋ねた。
「わざわざ東京から? よう来たね、こんな山の中へ。私がここに嫁いで来た時には、もうここにはおらんかったけど、行ってみるか?」
老婆は畑仕事の手を休めて、わざわざ私を西口の生家のあった場所へ案内してくれた。右手には鎌を持っていた。マムシが出るから、草を刈りながら行くのだという。
5分ほど草をかきわけて進んで行くと、家一軒分ほどの空き地がぽっと現れた。建物は残ってなく、最近増えたイノシシを捕らえる檻だけが仕掛けてあった。西口一家の痕跡は、既に夏草の下に埋もれてしまっていた。
「何であんな事件を起こしたのかね」
老婆が、小さな声で呟いた。