機運高まる「対話」に必要なもの
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お2人とも“右翼編集者”を自称する筆者の話に根気よく耳を傾けてくださった。そして、実際に対話をしてみて思うことは、こうした場で話をして、多くの人に読まれた“その後”こそが大事であるということだ。
対話に臨むと、対話を経たことで得た何らかの「お土産」を持ち帰ることになる。このお土産は自分の血肉にしなければならないし、さらには自分の周りの人たち、今風に言えば同じクラスターに所属する人たちにも、その土産話を伝えなければならない。そうでなければ、対話には「その場限り」の効果しかないことになり、対話の意味が薄れてしまうからだ。
これはSNS上のやりとりでも同様である。SNSは分断を促進する作用ばかりが注目されるが、見知らぬ人、意見の異なる人同士の対話も本来は可能だ。必要なのは「対話すべきでなかった」と思わせないような振る舞いであろう。
5月17日午後には下北沢で民主主義ユースフェスティバル主催のイベントで「言論空間における分断」をテーマとした対話セッションが開かれる。筆者も登壇予定だ。対話への機運は高まっている。だからこそ対話のお相手や読者をせめて失望させないよう、日常から身を律しようと心に誓うばかりである。



















