高市首相が国政初挑戦の1992年に漏らした「女を武器に」の原点 投開票日の夜に“チョメチョメ”告白の仰天
「私、自分は日本の軍事問題の権威だって、ウソ書いたの」──。1992年の雑誌インタビューで自ら「経歴詐称」を告白していたことが発覚した高市首相。国政に初挑戦したのもこの年だ。当時の言動を掘り下げると、今に通じる危うさが浮き彫りとなる。
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80年代末から「新鋭の政治評論家」としてメディアに引っ張りだこだった高市首相に、転機が訪れたのは92年のこと。「私みたいにこれまで理想論の世界に生きていた人間が、現実の政治家のひとコマになって理想に近づける努力をしたいなという気持ちになったの」(「週刊文春」92年7月2日号=デーブ・スペクター氏との対談)と、同年7月の参院選への初出馬を急に決意したのだ。
しかし地元・奈良選挙区から自民党公認で出るつもりが、引退表明した現職の三男・服部三男雄氏との公認争いに敗れ、無所属で出馬。16万票弱を得るも、約5万票差で落選した。国政初挑戦で転んでも、ただでは起きないのが高市流だ。
直後に山城新伍氏との対談(「週刊現代」92年9月19日号)で「実は選挙中に“いい男”を掴んだのよ」とぶっちゃけていた。「選挙中から目ェつけていた」と語り、いよいよ投開票日を迎え、敗北宣言の原稿を書こうと思った際に「待てよ。今晩、私は世界一悲しい女になれる日なんだわ」と気付いたという。
「この日を利用しないテはない」とその場で「カレ」に電話。「今晩は人生で一番悲しい夜になるかもしれない。一緒にいてくれると嬉しいな」と告げ、支持者が選挙事務所に詰めかける頃には「私はある場所に行ってて、いなかったというわけ(苦笑)」とあっけらかん。山城氏に「いま私はすごく幸せ」とのろけてみせた。本家も「エーッ!?」と驚く衝撃の“チョメチョメ”告白だ。


















