メジャー球団との契約直前 巨人原監督からの電話でFA決断
2007年の横浜との開幕戦。普段は「コース」だけを決めて打席に入るという巨人の高橋由伸が「球種」も狙い、見事に三浦の初球、外角のスライダーをフルスイング。開幕プレーボールホームランが右翼席に吸い込まれるのを見て鳥肌が立った。
開幕前夜、由伸が初球を本塁打する夢を見た。「門倉さん、こんなに緊張感がある開幕は初めてです」と言われた時、「大丈夫」と答えた。夢の話は「気持ち悪い」と言われそうで本人には伝えなかったが、由伸は打つ気がした。
ボクはそれまで3球団でプレーしていたが、巨人の選手は天性の才能で野球をやっていると思っていた。小笠原(現中日二軍監督)のように、「打撃は来た球に反応するだけ」と言い切る「天才」は確かに存在する。しかし由伸は少し違う。こちらも「天才」だが、確率を上げるため、日々相手を研究し、データも重視する。巨人は強いわけだと最初に感心したのは、由伸だった。
その前年のオフ、ボクは横浜からFA宣言して巨人に入団した。それまで2年連続2ケタ勝利を挙げていたが(05年=11勝8敗、06年=10勝9敗)「10勝しても10敗する投手はいらない」「あと2、3年で終わる投手」などと球団が言っていると聞いて悲しくなった。05年には7年ぶりの2ケタ勝利をクリアできた。再生してくれた牛島監督を慕っていたし、投手コーチの小谷さん、野村(弘樹)さんにも助けてもらった。横浜が好きだったし、現役生活を全うしたいと思っていただけに悔しかった。信頼していた牛島監督がこの年限りで辞任したことも、ボクのFA宣言を後押しした。


















