著者のコラム一覧
森雅史サッカージャーナリスト

佐賀県出身。久留米大付設高から上智大。サッカーダイジェスト編集部を皮切りに多くのサッカー雑誌の編集に携わり、2009年の独立後も国内外精力的に取材を続けている。「Football ZONE」「サッカー批評web」などに寄稿。FM佐賀で「木原慶吾と森雅史のフットボールニュース」。「J論プレミアム」「みんなのごはん」を連載中。「日本蹴球合同会社」代表。著者写真は本人提供。

井原正巳〈2〉ゴン(中山雅史)はなぜ日本代表を救えたのか…屈辱のピッチレポーターからW杯初得点まで

公開日: 更新日:

井原正巳さん(元日本代表DF/58歳)

【1】からつづく)

 中山雅史(通称ゴン)という男とは、もう40年を超える腐れ縁になります。

 最初の出会いは高校3年生の時、ユース代表の合宿でした。当時の彼は藤枝東高校のエースストライカーとしてその名を全国に轟かせていましたが、その合宿で私たちはなぜかコンビを組んでセンターバックを任されたのです。

 実は、私よりも先にゴンの方が守備のポジションを経験していました。当時の私は、まだ守備のセオリーも分からずにもたもたしていましたが、彼はFW出身らしい勘の良さから、真っ先にディフェンスの形を作っていました。あの時の彼の適応力には、今思い返しても驚かされます。

 筑波大学でも4年間を共に過ごしましたが、学生時代から彼はどこまでも泥臭く、負けず嫌いで、それでいて誰よりも場を明るく盛り上げる男でした。サービス精神が旺盛な一方で、内面は驚くほど真面目な努力家でもありました。

 私は大学2年の終わりから、ひと足先にA代表に選ばれましたが、ゴンは卒業後にヤマハ(現・ジュビロ磐田)へ進み、FWとしての才能を爆発させていきました。

 大学時代、私は中盤で起用されることが多かったのですが、ゴンはサイドバックなど様々な役割をこなしながら、最終的に日本を代表するストライカーへと成長していったのです。

 1993年10月、私たちはカタールの首都ドーハの地に降り立ち、悲願のワールドカップ出場を賭けて戦いました。

 しかし、あの最終のイラク戦の結末は、あまりにも残酷なものでした。

 試合後、重い足取りでホテルの部屋に戻り、ベランダに出ると同じホテルの低層階に泊まっていた韓国の選手たちの狂喜乱舞する声が、ドーハの夜の空気を震わせていました。

 彼らにとっては「ドーハの歓喜」であり、私たちにとっては身を切られるような悔しさでしかありません。あの狂騒を背に、静まり返った部屋で打ちひしがれ、言葉を失っていたゴンの姿は、今も私の脳裏に深く刻まれています。

 ドーハの後、代表監督がハンス・オフトからブラジル人のファルカンに代わると、ゴンは一度代表の枠から外れることになりました。

 1998年のワールドカップ・フランス大会の予選の最中、彼はピッチに立つことができず、テレビ番組のピッチレポーターとして試合会場に現れました。

 かつての仲間たちが死闘を繰り広げる姿をピッチの外から、しかもマイクを持って見つめるのは、相当な葛藤と屈辱があったはずです。

 普通なら断りたくなるような仕事ですが、彼は笑顔を絶やさず、代表を盛り上げる役に徹しました。その健気な姿に、キャプテンを務めていた私も、そしてチーム全体も本当に救われる思いがしました。

 ですが、彼は決して諦めてはいませんでした。「必ずこの場所に戻ってやる」という強い執念を、レポーター席にいても抱き続けていたのです。

 その思いが通じ、岡田武史監督体制になると彼は再び代表のユニフォームを掴み取ります。

 チームの流れが悪い時に戻ってきたドーハの経験者は、私にとっても、若手選手たちにとっても、これ以上ないほど心強い存在でした。

 彼は周囲に何を期待されているかを敏感に察知し、自然と場を鼓舞できる稀有なリーダーシップを持っていました。

 日本は初めてフランスの地でワールドカップの本大会という聖域に立ちました。

必死で、なりふり構わぬ姿こそが、中山雅史の真骨頂

 2連敗で迎えた第3戦のジャマイカ戦、ついにゴンがゴールを決めました。それは日本サッカー界が、長年待ち望んだ歴史的なワールドカップ初得点でした。

 本来なら派手なパフォーマンスで喜びを爆発させ、歴史に名を刻んだ余韻に浸りたい場面だったはずです。ところが、0-2というビハインドの状況だったこともあり、彼は喜ぶ間もなくゴールマウスからボールを拾い上げ、小脇に抱えて一目散にセンターサークルへと走っていきました。

 一刻も早く次の点を取りに行かなければならない。その必死で、なりふり構わぬ姿こそが、中山雅史という人間の真骨頂でした。

 泥臭く、ひたむきに、ただチームの勝利だけを追い求める。あのゴールには、彼のこれまでの苦労と生き様が全て凝縮されていました。

 結果的に試合には敗れましたが、あの舞台にドーハの悲劇のメンバーから私とゴンの2人だけが残り、彼が初得点を刻んだことには、何か深い運命的なものを感じずにはいられません。

 ゴンは第2戦のクロアチア戦でも、中田英寿からの絶妙なパスを完璧なトラップで受け、キーパーと1対1になる決定機がありました。

 あの瞬間、私は「決まった」と確信しました。彼らしくないと言っては失礼ですが、それほどまでに吸い付くような、本当に見事なトラップだったのです。

 しかし、渾身のシュートは無情にもキーパーに阻まれました。あの場面で決められなかったのも、ゴンらしいと言えばらしいのですが、もしあの一撃がネットを揺らしていれば、日本サッカーの歴史はもっと早く、もっと違う形に変わっていたかもしれません。

 ゴンとの長い付き合いの中で、私は常に彼から強烈な刺激を受けてきました。

 ストライカーとしての点に対する異常なまでの貪欲さ、自分に対する一切の妥協を許さない厳しさ、そして周囲をひとつにまとめ上げる爆発的なエネルギー。

 これは今の、そしてこれからの代表選手たちにも永遠に受け継がれるべき、日本代表の魂そのものです。

 彼という男がいたからこそ、日本代表は絶望の淵から這い上がり、世界の扉をこじ開けることができた--。私は今でも確信を持って断言できます。(【3】につづく)

(聞き手=森雅史/日本蹴球合同会社、絹見誠司/日刊ゲンダイ)

▽井原正巳(いはら・まさみ) 1967年9月18日生まれ。滋賀・甲賀市出身。守山高から筑波大。2年次に日本代表初選出。卒業して日産自動車(現横浜M)に入社。磐田、浦和でもプレーした。02年シーズンを最後に引退した。88年1月のUAE戦で代表デビュー。98年W杯フランス大会3試合に主将としてフル出場した。柏コーチ、福岡監督などを歴任。25年には韓国Kリーグ・水原三星のコーチを務めた。

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