「壁の男」貫井徳郎著
栃木県北東部の小さな町がネット上で話題になっていた。緑豊かなこの町に立ち並ぶ民家の壁や塀が、原色の派手派手しい絵に覆われているのだ。しかもその絵は子供の落書きのような稚拙さで芸術とは程遠い。なぜこんなことが起こったのか。絵を描いたのは誰か。
興味を持ったフリーライターの鈴木は、現地に行って取材を開始する。
絵を描いたのは元塾講師で今は便利屋をやっている伊苅と分かるが、取材には非協力的で、周辺取材をしても核心を掴めない。その取材の過程に挟まれるように、伊苅の視点で彼の過去が語られていく。
東京の大学へ行った伊苅が、20年ぶりに故郷へ戻ってきた当初、町の人たちは冷ややかだったこと、一人娘を失ったこと、母は美術の教師で二科展にも入選していたことなど、少しずつベールが剥がされていく。そして最後に明かされる真実によって、伊苅の絵には、彼自身と彼が出会ってきた人々の切実で悲痛な思いが深く託されていたことが明らかとなり、静かな感動が染み渡る傑作長編。(文藝春秋 1500円+税)