「緋の河」桜木紫乃氏

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「実は麻紀さんとは釧路北中学の先輩後輩になるんです。それが縁で数年前、対談に呼んでもらい、初めてお会いしたのですが、会った瞬間の麻紀さんの“圧”というか、存在感に言葉を失ったんです。そして23歳離れているのに、同じ釧路湿原の景色を同じ感覚で感じていたことが分かり、この人のことを書きたい、他の誰かにも書かせたくないと思った。それで『あなたを描かせてください』と頼み込んだんです」

 昭和の芸能界に一大旋風を巻き起こした、ニューハーフタレントの先駆者、カルーセル麻紀氏をモデルに描いた長編小説である。著者が実在の人物を小説に描くのはこれが初めてだ。

「今作では彼女の6歳から22歳までを描いています。彼女は雑誌のインタビューでたくさん語ってはいるんですが、ところどころ“薄い部分”や“空白”があるんですね。たとえば、家出をする15歳以前のことなどは、あまり語っていない。大阪時代に舞台で蛇を使って踊っていたけど、その経緯も分からないんですね。そういう部分を一つ一つ想像し、話を入れ込んでいきました。家族構成や来歴など事実を『点』とすると、そこをつなぐ『線』が私の創作部分。家出する前に何があったのか、なぜカルーセル麻紀が出来上がったのか。私自身、知りたかったんです」

 昭和初期の釧路。両親と4人兄姉の次男として育った秀男は、幼い頃から女の子よりかわいいといわれる顔立ちで、自身も美しいものが大好きだった。自分のことを「あたし」と言い、憧れはお女郎の華代ねえさん。大きくなったらきれいな女の人になるのが夢だ。

 そんな“性分”は小学校に上がっても、父に殴られても変わらない。か弱そうな見た目とは裏腹に気は強く、頭も口もよく回った。異質であることを自覚しながらも、秀男は自分の流儀を通し続けた。初恋の相手、隣のクラスの文治との出会いと別れ。中学では庇護者を得るために陰で男子生徒たちの“愛玩”にもなった。

「昭和のあの時代ですから当然、差別的なことはあったと思うんですけど、秀男を描いていると、どんどん自分の居場所を固くして、どんどん強くしなやかになっていくんですね。それで心配になって執筆の途中で麻紀さんに電話して『全然悲愴感ないんだけど』と言ったら、『そんな暇なかったわよ!』って(笑い)。秀男は生まれ落ちた体と性分を否定も嘆きもしません。自分が持っているものを余すところなく使い、前だけを向いて人生を切り開いていった。そんな秀男から、人は誰に認められなくても生きてもいいということを、私は教わりました」

 物語は中盤から、秀男がゲイボーイ、“カーニバル・マコ”へと変貌を遂げる青年期が描かれる。15歳で家出の末、たどり着いた札幌ススキノを皮切りに、鎌倉の老舗ゲイバーでの修業時代、やがて舞台は大阪へと移っていく。その間、秀男の美しさはより磨かれ、成り行きで披露したストリップが評判になる。男でも女でもない秀男の、白い大蛇を体にまとった官能的なショーのくだりは、目に浮かぶようだ。

「書いていて秀男は、女になりたかったわけではないという答えが見えました。性転換をしたのは、きれいな体で誰はばかることなく足を広げて遠慮なく踊りたかったから。秀男はゲイボーイというより、むしろ踊り子だったんです」

 一つ一つシーンをつないで“点”に至る答えを出していく作業は、証明問題を解くようだったと著者。

「秀男と一緒に私のだらしない10代をやり直した感じがしているんですよ。自分が描くキャラクターにこんなにも元気づけられたのは初めてです」

 己を信じて進んだパイオニアの姿を描く長編エンターテインメント。秋には続編が小説新潮でスタートするそうだ。 (新潮社 2000円+税)

▽さくらぎ・しの 1965年、北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。13年「ラブレス」で第19回島清恋愛文学賞、「ホテルローヤル」で第149回直木賞を受賞。著書に「それを愛とは呼ばず」「起終点駅 ターミナル」「裸の華」「ふたりぐらし」など多数。

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