第1話:無策な船出
当事者が初めて書いた妖しい業界の舞台裏 見栄と欲望、光と闇
アイテム:イタリア製K18YG製ダイヤモンドチョーカー、アクアマリンルース
お客様:無尽会
◇ ◇ ◇
もう弊社は何年になるのだろうか? この業界において「老舗」などと自称するのは烏滸がましいが、社歴だけはいたずらに長い。しかしながら、その船出は「無策」と言うほかなかった。あまりにも無計画で無謀、杜撰、行き当たりばったり。
わたしは大学を卒業したのちに東京都港区に本社を置く総合商社に就職し、化学品部門に配属されていた。
取り立ててやりたいこともなかったので、就職先の選択は、漠然と知名度に重きを置き、
「見栄え」や「聞こえ」で選んだ。
日常はすこぶる単調で、国内外の化学メーカーの製品を、それらを必要とする国内外の家電メーカーや自動車メーカーの下請け工場に提供する業務に従事していた。
大学4年の就職活動時に、同じ研究室の同級生がいくつもの広告代理店を何度も訪問していた。当時、不勉強な私は広告代理店という業種自体を知らなかった。今から思うと恥ずかしい限りである。
「それって、何をやってる会社なの?」
「簡単に言うと、テレビコマーシャルとか広告宣伝を作る会社だ」
その友人は誇らしげに答えた。
「うわぁ、カッコいいじゃん。俺も受けようかな」
「もう、遅ぇよ」
私の安易な発言に友人が呆れつつ、微かに不機嫌な侮蔑の浮かべたことを覚えている。
彼は今なお広告代理店に勤務している。大学生の時点から人生の方向性に明確なビジョンを持っていた、ということだ。
私とは違って。
会社の1階のロビーでカスミと待ち合わせをしていた。
日本人離れした顔の造りと濃いメーク、派手な色彩の着衣で身を包むカスミはひと際目を引くので、ホステスとの同伴に見えなくもない。入社一年目の社員がホステスと同伴するはずもないが。
「タケシ、ジンさんに会いに行こうよ」
「だれ?」
「お姉ちゃんの彼氏」
「ああ、前に言っていた凄い人ね」