太田肇(経営学者・同志社大学教授)

公開日: 更新日:

10月×日 朝の授業に遅れまいと地下鉄の階段を急ぎ足で降りていたら、左膝に激痛が走った。目の前に停まっている電車に乗ることもできない。昨年から小康状態を保っていた関節痛が再発したのだ。それ以来、片足を引きずりながら歩き、手すりにつかまって階段を上り下りする生活が続いている。

 実は膝だけでなく両肩、そして背中にも慢性的な痛みがあり、いずれも週3日通っているスポーツジムで痛めたものだ。治すためにはジムを休んだほうがよいとわかっていても、休むと自分に負ける気がして踏み切れない。「何のこれしき」と金具のついた特製サポーターを膝に巻きつけ、今日も若い人たちと一緒に汗をかいている。

10月×日 ある学会からまた会費納入の督促メールが届いた。付き合いで渋々入会したものの興味がなく、一度も参加したことがない学会だ。会費がもったいないので退会したいが、退会届を出すと角が立つので籍だけは置いている。もっとも、やめる勇気がないのは私だけではなく、多くの学会はこのような幽霊会員によって資金面で支えられているのが実態だ。

10月×日 通勤途中で書店に立ち寄ったところ、野本響子著「日本人は『やめる練習』がたりてない」(集英社 780円+税)というまさに正鵠を射たタイトルが目にとまった。マレーシアで暮らす著者によると、子どものときから常に自分で選択する環境で育てられるマレーシアの人びとは、学校も会社も嫌になったらすぐやめる。人間関係も嫌ならサヨナラすればよいので、すぐ友だちになれるそうだ。

 いじめ、働き過ぎ、ストレスによるうつや過労死……。いま私たちの国で起きている深刻な社会問題は、「やめられない」という生真面目さが関係しているケースが多い。学校でも職場でも、がまんや成功体験がいかに大切か教えられてきたが、やめる勇気や失敗体験のほうにも目を向けるべきではなかろうか。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「おまえになんか、値がつかないよ」編成本部長の捨て台詞でFA宣言を決意した

  2. 2

    福山雅治&稲葉浩志の“新ラブソング”がクリスマス定番曲に殴り込み! 名曲「クリスマス・イブ」などに迫るか

  3. 3

    年末年始はウッチャンナンチャンのかつての人気番組が放送…“復活特番”はどんなタイミングで決まるの?

  4. 4

    「えげつないことも平気で…」“悪の帝国”ドジャースの驚愕すべき強さの秘密

  5. 5

    やす子の毒舌芸またもや炎上のナゼ…「だからデビューできない」執拗な“イジり”に猪狩蒼弥のファン激怒

  1. 6

    羽鳥慎一アナが「好きな男性アナランキング2025」首位陥落で3位に…1強時代からピークアウトの業界評

  2. 7

    【原田真二と秋元康】が10歳上の沢田研二に提供した『ノンポリシー』のこと

  3. 8

    査定担当から浴びせられた辛辣な低評価の数々…球団はオレを必要としているのかと疑念を抱くようになった

  4. 9

    渡部建「多目的トイレ不倫」謝罪会見から5年でも続く「許してもらえないキャラ」…脱皮のタイミングは佐々木希が握る

  5. 10

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」