「箱根駅伝」青学大初Vメンバー高橋宗司さんはなぜ陸上を続けなかった? 32歳で5社目のサラリーマン生活
高橋宗司さん(箱根駅伝青学大初優勝メンバー/32歳)
青学大の3連覇なるかが注目だった箱根駅伝、今年も盛り上がった。本日登場の高橋さんは、その青学大が初めて箱根の往復路を制し黄金時代をスタートさせた2015年の優勝メンバー。8区で区間賞にも輝いた。姉を東日本大震災で亡くしたエピソードはテレビを見る人の涙を誘ったものだが、今どうしているのか。
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高橋さんに会ったのは、東京・六本木にあるオフィスビルの一室。「株式会社カウンターワークス」の会議室だ。
「お待たせしてすみません。オンラインでの商談が長引いてしまって」
慌てた様子で入室してきた高橋さん、まずはこう言った。24年11月に営業として入社したばかりだという。
■アサヒ飲料、ソニー生命……現在5社目でサラリーマン生活
「私はこれまで勤務先を転々としていまして、ここは4社目。大学卒業後はアサヒ飲料に就職し7年ほど勤め、それからソニー生命、そして営業代行の企業。この『カウンターワークス』は社員約60人のITベンチャーで、前職の同僚の紹介で24年11月に転職してきました。ルミネや三井不動産といった商業施設向けのDXシステムの企画・開発・運営などを行っている会社です」
ITに疎い記者には理解が追いつかないが、高橋さん、陸上とはずいぶんかけ離れた仕事をしているんだなぁ。
「そうですね(笑)。私も全然知らない業界の知識を、前職でイチからインプットしてきました。壁にぶつかることが多かったぶん成長を感じられ、今では愛着が湧き、もっと本格的にこの業界でやっていきたいと思っているところです。ITサービスで社会をもっと良くしていこうという目的意識をもった優秀な人が周りに多く、やり甲斐を感じています」
実は高橋さん、この1月にスタートアップIT企業「株式会社shizai」に転職。早くも5社目で働き始めているという。
なぜ実業団に入って陸上を続けなかったのか。
「好きというより得意だから自分は走っていて、箱根で走ることを目標にしていました。だから、大学1年のときから、“陸上は大学まで”と決めていました。ずっと陸上漬けだったので、陸上を離れた生活を楽しみたい気持ちもあったし、陸上しか知らないことが怖かったのもありました」
選手生活を離れた後は、ゆっくり眠り、酒やたばこ、好物のスイーツを心ゆくまで味わったが、「そんな生活は3カ月で飽きました」と笑う。禁煙しスイーツもあまり食べなくなったものの、体重は57キロから85キロに。
「これでも週2、3回、自宅近所の公園で1回15キロのジョギングを始め、去年11月には神戸マラソンをチャレンジアンバサダーとして走ったんですよ。休日は神戸マラソンのPRアンバサダーを務めたランニングのインフルエンサー・三津家貴也のマネジャーを務めているので、彼になかば強制的に走らされたんですけどね(笑)。結局、自分は走ることで、人生の大事な仲間とつながれるんだと気付きました。平日も休日も走りながら、人生トータルで楽しくなってきました」
ここまでくるには、挫折も経験した。
「アサヒ飲料ではやり甲斐が見いだせず、自ら厳しい環境を求めた全歩合制のソニー生命では、ストレスで激しい咳が止まらなくなり、やむなく転職しました。その挫折感は大きかったです」
結婚・離婚も経験し、今は、恋人募集中だ。
「変わっているとよく言われるので、そんな自分を許してくれる女性がいいですね」


















