「素顔の文士たち」田村茂著

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 著者の田村茂氏(1906~1987年)の名に覚えはなくとも、ほとんどの日本人は彼の作品を一度は目にしたことがあるはずだ。たばこを手に跨線橋にたたずんでいたり(表紙)、書斎で憂いを帯びたまなざしでほおづえをつく太宰治の写真だ。その死の4カ月前、個人的にも親交があった著者によって全集用に撮影されたものだという。

 本書は、太宰よりも3歳年上だった著者が昭和の文士らを撮影したポートレート集。文学史にその名を残す巨人たちが次々と現れる。

 冒頭に登場するのは日本初のノーベル文学賞作家の川端康成。撮影中、「小説を読むと、やせた体を和服に包み、立て膝で背をしゃんとのばしてお茶を静かに飲んでいる、という姿がぴたりなんだ」と話しかけると、川端は「自分はよく片膝を立てるんだ」と言いながら、すっと座り直してくれたという。

 後日、川端は木村伊兵衛と著者だけが「自分を撮り得た」と語っていたらしい。

 いつも我々には見えない何かに挑むような鋭い目つきで写真に納まる三島由紀夫は、若き日に撮影された著者の写真でも同じように挑発するかのように虚空をにらんでいるが、一方で愛猫とじゃれつきながら無邪気な笑顔を見せるプライベートな姿も紹介される。

 幼い子供を肩車する坂口安吾も、愛読者には意外な姿に映るだろう。

 客間で両手を組んで和装の懐にしまい、座卓に身を乗り出す谷崎潤一郎は、気力充実。大きな目にこちらの身が縮こまるような迫力を感じる。

 かと思えば、著者に「レンズを前にして、こんな横着な格好のできる人は稀有である」と言わしめたのが斎藤茂吉。やせこけた脛もあらわに、「撮りたきゃ撮りな、俺はこんな人間だよ、と言わんばかりの風采」は、「すでに達観の境地にいる人のそれであろうか」と著者は述懐する。

 植物学の大家・牧野富太郎もそんなひとりだ。「おばあさんのように優しい、いい顔をした人だった」という牧野は、見すぼらしい衣服で部屋中に積まれた本の山に囲まれて写る。

 文豪だけではなく、画家の鏑木清方や映画監督の小津安二郎、学者の朝永振一郎、詩人の高村光太郎、若き日の手塚治虫など、昭和を代表する各界の著名人80余人を収録。冒頭で取り上げた2作品と同時に撮影された太宰治の遺影ともいうべき写真全27枚もすべて収める。

 その一枚一枚にそれぞれの人生が凝縮し、その人の人格までもが作品を通して伝わってくるようだ。

「人間の顔には、その人の過去の全部、生活、思想などが積み重なって出ている。しかしそれは当然のことなので、それを表現しただけではおもしろくない。その人の将来も、その人の顔に、多かれ少なかれ、にじみ出てくるので、それを表現したいと思った」と著者は生前に語っていた。

 巻末にこの語録を見つけ、もう一度、最初から80余人のその後を思い浮かべながら各人の顔をじっくりと眺めてみると、さらに著者の写真の凄みがよく分かる。

(河出書房新社 3600円+税)

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