「家族じまい」桜木紫乃氏

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 北海道の江別市に暮らす智代は48歳。子供たちは自立し、今は夫婦2人暮らし。パートで美容師として働きながら、静かで穏やかな生活を送っていた。

 そんなある日、函館に住む妹・乃理から一本の電話が入る。

「ママがね、ボケちゃったみたいなんだよ」――。

 本書は、北海道を舞台に智代の家族や親族など5人の女の視点で家族を描いた、全5章からなる連作短編集。著者にとっては、真正面から家族を見据えた作品となった。

「小説『ホテルローヤル』のその後の人間関係を描いてみては、と勧められたのが執筆のきっかけです。ホテルローヤルの経営者のモデルはご存じの通り私の父ですから、その後を描くということは、自分も含む経営者の“家族”を描くということ。小説の世界は虚構とはいえ、私の両親も夫の両親も健在である今でしか書けないものがあるんじゃないかと思い、筆を執りました。身近なものを題材にして、あったかもしれない話を描いたのがローヤルなら、これからあるかもしれない問題を描いたのが今作。読み返してみると嘘を書いているのに、自分の性分のようなものがあちこちに出ていて、嫌な気分になりましたね(笑い)」

 実家とは距離を置いてきた智代は、母・サトミが認知症になったと聞いても会う気になれない。しかし夫に「誰かが恥をかかないと」と促され、ようやく訪ねた実家で老老介護の現実を目の当たりにする。横暴だった父の居場所は台所となり、手伝おうとして断られた智代はふと、ここは実家であって実家でないと感じる。

「智代の両親のエピソードは、私の両親の話でもあるんです。『娘たちの世話にはならない』と父が母の面倒を見ながら2人で暮らしていることなど、小説の設定そのものです。登場人物の女性たちはもう若くはなく、実家のことも考えなくてはいけない年齢。両親と確執のあった智代は『子供としての責任』を棚上げしてきましたが、放っておくわけにはいかなくなります。親が終活に向かうと、いや応なく子供も向き合わざるを得ないんですね。とはいえ、私は竈を持ったら実家と自分の家族は分けて考えればいいと思うんです。核家族という言葉がありますけど、その家族の“核”をどこに置くかが大事。家族という言葉に縛られると、自分の人生を生きていけませんから」

 その核を定めきれなかったのが智代の妹・乃理だ。母、妻、そして良き娘として実家と自分の家庭との間で奔走する姿を描く。自身の不満を親孝行という形で消化させていくが、やがて酒に溺れていく。一方、智代の義弟・涼介(55歳)は、孫を望む両親を安心させるためだけに20代の陽紅と結婚する。

 親の老いによって、登場人物たちは自分自身や、夫婦の関係にも向き合うことになる。

「私も乃理と同じで、結婚後10年ほどさまざまな肩書を頑張ってしまい、疲れ果てたことがありました。それで私は、娘であることを畳んで、見えない棚にしまってみたんです。思い起こせば、あのときが私の家族じまいの始まりでしたね。私が考える家族じまいとは、終わりにすることではなく、“しまう”。状況に応じて変化していくものを柔軟に受け入れることが、しまうです。だから、在りし日の家族ではなく、姿を変えた家族、親が持っている核にお邪魔をする形で、娘や息子をやればいい。そこを自分の核を持って接すると、ややこしくなっちゃうんでしょうね」

 第4章では、智代の父親・猛夫の姿が血縁関係のない、若い女性の目を通して描かれ、娘たちには決して漏らさない本音や、別の顔を浮かびあがらせるのだった。

「核になっているものがどんな状態か、それが見えるのは他人かもしれません。家族って単位も集合体も変わっていくし、こうでなきゃと思ってしまうとしんどくなるもの。この作品から老いを挟んださまざまな親と子の心模様を眺めていただければと思います」

(集英社 1600円+税)

▽さくらぎ・しの 1965年、北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。13年「ラブレス」で島清恋愛文学賞を受賞。同年「ホテルローヤル」で第149回直木賞を受賞。同作は実写映画化され、11月13日公開予定。ほか「裸の華」「ふたりぐらし」「緋の河」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

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