「二枚腰のすすめ」鷲田清一氏

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「中庸でブレがないよりも、両極端を知っていて行き来できるほうが人として器が大きく、懐が深くて強いと僕は考えているんです。八方塞がり打つ手なしと思っても、別の方向に視点をふってみれば弱さが強さに反転することがあるし、一つの堰が崩れてもその後ろにまだ堰がある。そういう奥行きのある二段構え、二枚腰の姿勢なら、簡単にポキンと折れることはありません」

 自身の人生作法をこう語る著者が、6年間担当した読売新聞の紙上悩み相談「人生案内」から選りすぐった71本をまとめた一冊だ。彼女ができず孤独、笑顔が苦手、介護で終わる人生がむなしいなど、老若男女からのさまざまな悩みに対し、独自の人生哲学をもとに、ときに厳しくときに寄り添い、簡潔に答える。

「今のお年寄りならコンプレックス、中年だとアダルトチルドレンやトラウマ、若い人は非モテといった、その世代に流行した言葉で悩みを解釈している人がとても多いんです。でも、自分の苦しみを世の中に流通している言葉や枠組みで捉えていると、他人の価値観や比較から逃れられなくて、悩みの本質が見えません。だから、例えば、恋愛で悩んでるという学生に対してだったら『あなたは実は自分のことしか考えていない、それは恋愛未満です』とか、最初にポンと強い言葉で言い切る。そうして、まず枠をとっぱらってもらいたいんです」

 一方で、相談者が自覚していない長所を指摘したり、「家庭菜園を始めては」とか「他人の悩みを聞いてみたら」といった思いもよらぬ方向の回答も目を引く。

「哲学者って本来、めったに言い切らないんです。断言することを哲学用語でドクサと言うんですが、決めつけというニュアンスです。答えのない問いに、ああでもないこうでもないと考えて向き合い続ける中で本質が見えてくる、哲学はそういう学問で、人生相談には不向きですよね。でも、アンサーではなくリアクションならできると考えました。自分のことでいっぱいになっている人に『他人のことを考えてみたら?』なんて回答は暴言に聞こえるかもしれませんが、そっちがダメならこっちもあるよという僕なりの提案。これが二枚腰の構えです」

 悩みのどん底から脱出する鍵として、本書では二枚腰の基本姿勢に加え、悩みを「問題と課題」の2種類に分ける考え方が紹介されている。失業やご近所トラブルといった何らかの解決が可能なものが「問題」で、生きる意味や死をどう受け止めるかという答えのない問いが「課題」だ。

「僕くらいの年だと、買い物でレジ袋の口がなかなか開けられないんやけど、今はウイルスのことがあるし指をなめるわけにいかない。それなら買い物袋を持っていこう、と。これは問題とその解決ですね。でもこれが、プラスチックごみ削減といった地球規模の課題にもつながっている。こうやって、個々の問題に本質的な課題を重ね合わせて考えるのが重要だと思うんです。目の前の問題だけにとらわれていると、それが収束したらもう忘れちゃって、同じような繰り返しを人はします。それに忘れることは薬にもなりますけど、忘れられないような問題にぶち当たることも人生にはあるんですね」

 問題の向こうに課題を意識するクセをつけておくと、答えが出なくても簡単に折れない――、それが強さにつながっていくと著者は説く。

(世界思想社 1700円+税)

▽わしだ・きよかず 1949年、京都生まれ、哲学者。大阪大学総長、京都市立芸術大学理事長・学長を歴任。せんだいメディアテーク館長。朝日新聞「折々のことば」執筆者。著書に「モードの迷宮」「『聴く』ことの力」「『ぐずぐず』の理由」などがある。

【連載】著者インタビュー

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