大御所から若手評論まで魅惑の映画本特集

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「東映任侠映画120本斬り」山根貞男著

 ようやく緊急事態宣言解除で観客が戻ってきた映画館。書店の映画本コーナーにも大御所から若手まで映画評論家たちの新刊が目白押しだ。



 一世を風靡した東映の任侠映画。ジャンルの成り立ちから行く末、影響、個々の作品の評価に至るまでをベテラン映画評論家が余すところなく論じた。歯切れ良く整理された文章で、映画通でなくとも新幹線の東京―博多間を飽きずに読み通せる感じだろう。

 時代劇で鳴らした東映には京都撮影所の「股旅もの」と東京撮影所の「暗黒街もの」の2系統があった。通説では任侠映画の最初は「人生劇場 飛車角」だが、その直前に高倉健主演の「暴力街」が既に任侠映画のパターンを先取りしていたという。こうして1963年に始まった任侠映画の流れは「日本侠客伝」や「網走番外地」シリーズを生み、68年には大映の「女賭博師」シリーズに刺激されて藤純子の「緋牡丹博徒」が登場した。

 あまたの作品の登場を巧みに整理して読ませる。任侠映画は全共闘の学生たちに支持されたという通説があるが、当時、新宿東映のオールナイトに通った著者は観客の大半が労働者の若者たちだったと鋭く指摘する。単なる映画ガイドとは一味も二味も違う、社会批評の凄みをたたえた名著だ。

(筑摩書房 1210円)

「仕事と人生に効く教養としての映画」伊藤弘了著

 京都太秦映画村の映画図書室で資料整理の仕事もする若手大学講師のデビュー作。ミーハーな映画好きの「リョウくん」、映画にはほとんど興味ない「セッちゃん」の若者2人を相手に「イトウ先生」が映画の楽しさを講義するという設定で、映画の歴史や映画ビジネスの成り立ちから映画の見方までを解説する。

 映画は何をどんなふうに見るのも「観客の自由」といいながら、古典的な映画のほうが「打率」がいいという。そして小津安二郎の「東京物語」を細部にわたって丁寧に解説。映画学の専門書を読まないとわからないようなことが本書には随所に出てくる。文体は「ですます」調で、初めての本とあって、テーマを一本に絞らず、できるだけ広くわかりやすくアピールしたいという思いの表れだろう。古典の名作ばかりでなく「ボヘミアン・ラプソディ」や「カメラを止めるな!」など新しい映画の例も多い。

(PHP研究所 2255円)

「活劇映画と家族」筒井康隆著

「時をかける少女」などヒット映画の原作者としても知られる著者は、昭和ヒトケタ世代らしくアメリカ映画通。少年時代を焼け跡と進駐軍の経験で送ったこの世代には映画といえばハリウッドが憧れだったからだ。

 本書もそれを反映し、アメリカの古典的な映画作品の中に血縁や家族的な絆を読み取るという趣向。といっても心温まるホームドラマではなく、血縁や疑似家族的な関係がいかに人を縛るかに焦点を当てる。映画評論家によるガイド的なエッセーとは違う、ファンならではのこだわりが読みどころだ。

 冒頭のジェームズ・キャグニー主演「白熱」の章からして著者は飛ばしに飛ばしまくる。ネタバレを怖がる当節の映画紹介とは裏腹に、強度のマザコン主人公キャグニーの行動を逐一たどるあたりは、著者の脳裏でもう一度映画が上映されているようで実に面白い。

 プロとは違う映画マニアならではの熱っぽさが伝わって、いきなりロジャー・コーマン監督「血まみれギャングママ」に話が飛ぶのも楽しい。「マルタの鷹」「ハタリ!」「リオ・ブラボー」など往年の名作が次々俎上に載せられ、筒井版映画劇場をたっぷり見た気分を味わえる。

(講談社 924円)

「やくざ映画入門」春日太一著

 1970年代後半生まれの団塊ジュニア世代ながら昭和の時代劇やチャンバラが大好きで、さまざまな時代劇のロケ地を訪ね歩くという取材までした著者。本書はその著者が時代劇の次に狙いを定めたヤクザ映画が主題。偶然だろうが、冒頭に取り上げた「東映任侠映画120本斬り」の大ベテランの向こうを張ることになった。

 本書がヤクザ映画のハシリとするのは黒沢明の「酔いどれ天使」。ただ、これはヤクザが主人公というだけで、ジャンルとしてのヤクザ映画ではないだろう。著者もそこを踏まえて「人生劇場 飛車角」から始めて歴史をおさらい。しかし何といっても本書の持ち味は上記「120本斬り」が取り上げなかった「仁義なき戦い」シリーズ以降の話。菅原文太自身、「任侠映画のパターンを破ろうとする」立場を自覚し、「やくざ映画史における新時代」を深作欣二監督と開いていくことになる。

 未知の読者への親切なガイドを目指したからか「やくざ俳優名鑑」で「極妻」シリーズの岩下志麻を紹介したり、脚本に注目した映画の見方を披露したりと工夫が盛りだくさんだ。

(小学館 902円)

「それでも映画は『格差』を描く」町山智浩著

 著者は近年売れに売れているアメリカ在住の映画評論家。かつては破天荒かつミーハーなところが反骨精神の表れだったが、トランプ政権誕生の頃から保守派を相手に論争も辞さないリベラル派コラムニストの面が目立つようになった。本書はまさにそんな一面がよく表れた映画作品論集だ。

 取り上げるのは韓国のポン・ジュノの大ヒット作「パラサイト」、バットマンシリーズのスピンオフというには異色の「ジョーカー」、アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞を獲得した「ノマドランド」など話題作が全部で13作。日本映画は「万引き家族」と「天気の子」の2作が入っている。それらの共通項が「格差社会」。「パラサイト」はじめじめした半地下の家に住む貧困家庭の話だし、「ジョーカー」も貧しい母子家庭に育った男が希代のモンスターに変貌するという格差社会の悲劇だ。「万引き家族」が国際的に評価された時、「日本の恥を世界に配信してる」と批判する手合いが一人ではなかったらしい。無理解という以前の知的貧困に唖然とさせられる。

(集英社インターナショナル 990円)

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