15分で別の世界にはまり込む文庫短編小説特集

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「本格王2021」本格ミステリ作家クラブ選・編

 15分あったら散歩するのもいい。コーヒー1杯飲むのもいい。でも、15分で違う人生を体験してみるのもいい。あっという間に作品の世界に引き込まれ、読み終えてふっと元の世界に戻る。その瞬間もなかなか楽しいのである。



 元暦元年、鎌倉の御所の源頼朝を輿に乗った平頼盛が訪れた。平清盛の異母弟で、母の池禅尼がかつて源頼朝の命を救ったことから、平家が滅んで源氏の世になっても所領を与えられていた。頼朝の娘、大姫は法皇に逆らった木曽義仲の嫡男、義高の妻だったが、頼朝が義高を誅殺するという話を耳にして、義高を逃がす。

 だが、義高が頼朝の兵に討ち取られたことを知り、飲食を断って痩せ衰えていた。頼朝を睨み続ける大姫を官女の千手前が小御所に連れ戻したが、頼朝が義高の話をすると、なぜか離れているので話が聞こえないはずの小御所から大姫が頼朝をとがめにくるのだ。義高の怨霊のたたりかと恐れる頼朝を、頼盛はなだめるのだが……。(羽生飛鳥著「弔千手」)

 コロナ禍で発表された作品の中から、本格ミステリ作家クラブが厳選した7作を収録。

(講談社 946円)

「いやし」朝井まかてほか著、細谷正充編

 町の口中医の桂助に、萩島藩の江戸家老から妙な依頼が来た。呉服屋の若旦那を名乗って桃姫様の治療に来てほしいというのだ。良い縁組みが来ているのに、歯痛を口実に断りかねないらしい。桂助が、本当は歯痛ではないのでは、と指摘すると、その通りだった。その上、桃姫は自分のことを「菊姫」と呼んでいる。

 大名屋敷に出向くと、桃姫は江戸菊の模様の着物が欲しいという。江戸菊は庶民的で粋な花だが上品とは言い難いので、武家にはすすめていなかった。江戸菊を気に入っている理由を尋ねると、お忍びで菊見に行った時、卑しい風体の者にからまれたが、菊職人の菊吾に助けられたと頬を染めて明かした。何日か後、桃姫がかなりの額の金子を持ち出して、菊吾と出奔する。(和田はつ子著「菊姫様奇譚」)

 宮部みゆきの「寿の毒」など、町医者から小児医まで江戸の医者たちを描いた5編の短編集。

(PHP研究所 869円)

「吉原饗宴」有馬美季子、志川節子ほか著 菊池仁編

 吉原遊郭近くの長屋に住む紀六は、張りのある声を生かして瓦版の読み売りをしていた。だが、瓦版に書かれた知り合いが物見高い人たちの好奇の視線にさらされたことを怒って、女房は子どもを連れて出ていってしまった。

 紀六は瓦版売りのほかに「上ゲ屋」という裏の稼業も持っている。吉原に売られてきた娘をひとかたの遊女に仕上げる仕事だ。ある日、引き合わされた遊女、染里が絶え入りそうな声で言った。「兄さん、わっちのことをお忘れでありんすか」。それは紀六と同じ長屋に住んでいた娘、お紺だった。あの頃はまだ9つだった。だが、引き受けた仕事を差し戻すことなどできない。「辛かろうが、どうか了簡してくんねえ」。やがて染里に、紙問屋の亭主が馴染みになりたがっているという話が来る。(志川節子著「しづめる花」)

 他に山田風太郎の「怪異投込寺」など、吉原を舞台にした短編6編を収録。

(朝日新聞出版 880円)

「5分後に慄き極まるラスト」エブリスタ編

 小説投稿サイト、エブリスタに投稿された戦慄の作品を集めたシリーズの第1弾。

 戸未来辰彦著「幽閉」はトイレのシーンから幕を開ける。<私>は気がついたら闇の中に閉じ込められていた。オーストラリアからの出張帰りで、あと1時間ほどで成田に着く予定だった。便器があるので、ここがトイレだとわかった。用を足して手を洗っている時、大きく揺れてジェットコースターのように体が宙に浮き、天地がひっくり返って意識を失ったのだ。

 トイレのドアは菱形に変形して開かない。スマホのGPS機能をオンにしたが、「現在位置を取得できません」という表示のみ。無事であることを伝えるために妻にメールを送ったら、海上保安庁や自衛隊が捜索中だというメールが届き、少し安堵した。

 だが、意識が戻って1カ月後、着信音が鳴り響いた。そして、父から写真が添付された衝撃的なメールが届く。その写真を開くと……。

 5分で読める恐怖の作品13編だ。

(河出書房新社 660円)

「あなたの後ろにいるだれか」恩田陸、阿部智里ほか著

 8人の作家によるホラー・アンソロジー。

 天啓学園に取材に行ったら、生徒会の副会長が案内してくれた。薬草園には危険な毒草もあるので、道を外れたりしないで副会長が通った後をきちんとついてくるように指示された。写真を撮る時もその都度、断るようにという。以前、取材に来た人が、その忠告を忘れて夢中で写真を撮っていて、芝生に入ってしまった。今、藤棚にぶら下がっているのがその人で、鷹匠クラブで飼っている、生肉しか食べないハゲタカによってきれいに白骨化されていた。天啓学園には創立時から眠り姫と呼ばれる女性が神殿で眠り続けており、水路の間にぎっしりチューリップの球根が埋め込まれているのは、その球根に蓄えられたエネルギーで眠り姫を起こすためだ。(恩田陸著「球根」)

 他に、土砂降りの雨の中、バス停で出会った妖異を描いた「長い雨宿り」(彩藤アザミ著)など、背筋の凍る8編。

(新潮社 693円)

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