伏尾美紀(作家)清張にとっても自身と父との物語であった「砂の器」
1月×日 雪がまた、窓ガラスを叩き始めた。雪かきでくたくたになった体を休めながら、松本清張著「清張が聞く! 一九六八年の松本清張対談」(文藝春秋 1980円)を読む。東久邇稔彦、池田大作、松下幸之助ら総勢11名。昭和の歴史を彩った人々の貴重なオーラル・ヒストリー。現代史を学び直したくなった。
2月×日 今年の札幌は雪に祟られた。外出も億劫となっていたのだが、ようやく映画「国宝」を見る。劇場を出た余韻のまま、原作にも手を伸ばした。「読んでから見るか、見てから読むか」昭和52年の映画「人間の証明」のキャッチコピーだ。いわゆるメディアミックスの先駆けであったと思われる。映画館には大勢の観客が足を運び、原作の小説も飛ぶように売れたという。その頃の熱狂に比べると、今は少し寂しい。
4月×日 昨年が昭和100年だったからなのか、松本清張関連の書籍が立て続けに発売されている。酒井信著「松本清張の昭和」(講談社 1210円)もそんな1冊だ。清張の「砂の器」(新潮社 上巻935円、下巻990円)は、目撃者が耳にした「カメダ」の言葉を頼りに刑事が犯人に迫る傑作推理小説である。が、映画版の橋本忍の脚本は、原作を凌駕していた。当の清張も、それは認めていたようである。
橋本は当初、映画化に乗り気ではなかった。原作の出来がいまいちだというのが理由だ。そこで橋本は、父と子の旅を物語の主軸に置こうと考える。これは見事に成功し、あの映画史上屈指とも呼ぶべき、父子のお遍路の場面が誕生したのだった。著者の酒井信は、清張にとっても、「砂の器」は自身と父との物語であったのだと述べる。橋本は見事に清張の思いを看破していたのだった。
清張は41歳で作家になった。当時の寿命を考えるとかなり遅い。だが、亡くなるまでにおよそ1000もの作品を残した。私はまだ4作。先は長い。
4月×日 札幌にもやっと、遅い春が巡ってきた。桜はもう少し先だ。



















