著者のコラム一覧
カモシダせぶん書店員芸人

1988年、神奈川県生まれ。お笑いコンビ「デンドロビーム」(松竹芸能)のメンバー。日本推理作家協会会員。現在、都内の書店でも働く現役の書店員芸人。著書に「探偵はパシられる」など。

2015年の町田からつながっていく殺人事件「ノーウェア・ボーイズ」井上先斗著

公開日: 更新日:

「ノーウェア・ボーイズ」井上先斗著

 ミステリー小説の舞台といえば皆さんはどこを思い浮かべるだろうか? 人が住んでいない孤島、怪物の伝承がいまだ残っている田舎。近代ミステリーだと東京23区の街中が舞台のテロや連続殺人事件もあるだろう。そういった意味で本著の舞台はレアなケースだと思う。

 東京都町田市。東京都だが大都会というわけではない。どことなく途上の空気感が今も残っている半都会な街だ。何故こんなに私は町田に強気なのか。それは私自身小田急線沿い出身で、小学校の頃から町田に出入りしていた人間だからである。読んでみると舞台が珍しいだけでなくミステリーとしても読みごたえがあった。

 物語は2025年6月の新宿から始まる。主人公の根津光一は中学時代の仲間と飲み屋で久しぶりに再会する。その場にいなかった仲間のひとり、猪瀬が結婚したことを知った光一。ところがこの飲み会の後、その猪瀬がとある男性を殺したというニュースが飛び込んでくる。話はここから、彼らが熱く重い青春を送った2015年の町田へと移っていく。

 当時中学生の光一は町田の知る人ぞ知る癒やしスポット町田リス園でとあるテロを実行しようとしていた。ところが計画は失敗、逆にリスたちに襲われかけたところをひとりの女性に救われる。彼女の名前は響。大学生ぐらいの見た目で「リスに襲われた少年少女を助けることを生業にしている」とどこか不思議な言動をしてくる。年上で魅力的な響を光一は町田のさまざまな場所で見かけるようになる。そしてこの響こそ、先ほど出てきた猪瀬の妻になる女性であり、猪瀬が起こしたとされる殺人事件は、この2015年の町田からつながっていくのだ。にじみ出る絶妙なディープさがまさに町田だなと読んでいて思い出せた。

 過去の町田編では日常の謎の要素がありつつ、それが現在には殺人事件につながっていくというミステリーとしての構成が見事であると同時に、ガラスのように繊細な中学生の心と、大人になり周りの状況が変わっても芯にある少年の心を取り戻そうとする葛藤、この難しい2つの描写を見事に描き切っていて純文学に似た満足感も楽しめた。

 学生時代、町田で楽しい思いも怖い思いもした私が自信を持って薦められる町田小説である。 (KADOKAWA 1870円)

【連載】書店員芸人カモシダせぶんの「いい本入ってますよ!」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    これが日本の「中流」サラリーマン転落の軌跡 年金の「繰り上げ受給」を選ぶのは、お金と仕事がない人

  3. 3

    ドジャース大谷翔平「サイ・ヤング賞&首位打者」同時授賞に現実味 4年連続5度目のMVPは既定路線

  4. 4

    見上愛は桐朋女子中高から日芸演劇学科に進んで演出家を志す 大学同級生・河合優実との本当の関係

  5. 5

    山口組、稲川会、住吉会…最高幹部3者の極秘会食で何が話し合われたのか

  1. 6

    嵐が去った後に340万人のファンが向かう先…Snow Man、M!LKに次いで有力“不祥事グループ”「ACEes」に募る不安

  2. 7

    ミスチル、銀杏BOYZ、T-BOLANの直前ライブ中止〈はやく判断できないのか〉アーティストの決断が遅れる背景とジレンマ

  3. 8

    「Aぇ!group」草間リチャード敬太は事件から“ほぼ復活” 大阪学院大で学んだ苦労人の前途

  4. 9

    巨人橋上監督代行が坂本勇人に肩入れする事情…出場メンバーとオーダーに“唯一”口を出した

  5. 10

    高市首相ハレンチ答弁の醜悪! 中傷動画疑惑めぐる「秘書音声」追及に「文春の有料会員イヤ」と屁理屈