著者のコラム一覧
大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2」の見どころを解説

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 ジャン=ポール・ベルモンドの作品(計5本)が見られる。5月12日からの新宿武蔵野館の営業再開に伴い、同14日から上映の運びとなった(同館を皮切りにテアトル梅田、名演小劇場、京都シネマ、シネ・リーブル神戸ほか、全国にて順次上映予定)。休業を余儀なくされるシネコンが多いなか、これは素直にうれしい。

 ベルモンドと聞いて、ピンとくるのは60代以上の人だろうか。1960年代から70年代にかけて人気を博したフランスの大スターだ。フランスの大スターといえば、すぐに思い出されるのはアラン・ドロンだろう。その時代の興行を見るとドロン主演作のほうが圧倒的にヒットが多かったからだが、ベルモンドは、ある人たちにとっては、ドロンより深い印象を残してきた俳優だと思う。

■容姿以上に“自由の香り”が魅力

 筆者にとってのベルモンドといえば、ジャン=リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」(60年)で演じた主人公がすぐに思い浮かぶ。さすがにオンタイムでは見られなかったが、70年代に東京の名画座で見て、映画と接する1つの強固な指針が作られるくらいの衝撃を受けた。その理由は彼のスタイルにあった。スタイルとは顔や体形といった表面的なことだけではない。ポーズ、喋り方、何気ないしぐさなど彼の言動すべてに表れる“スタイルそのもの”という意味である。

 愛嬌はあるが、いささか大きな鼻が特徴的で、今でいうイケメンではない。ところが、高い背丈のバランスが良く、とにかく格好がいい。匂い立つ雰囲気のセンスが抜きん出ているといったらいいか。それは彼が“自由の香り”を身につけているからだろう。自由の香りはさりげなさと必死さの振る舞いを介しつつ画面を覆いつくしていく。ヒロイン(ジーン・セバーグ)はじめ、本作の女性たちはそこに吸い寄せられるようだった。

■「リオの男」の楽しみ方

「勝手にしやがれ」から4年後に公開されたのが、本上映の目玉の1本である「リオの男」(64年)だ。「クレオパトラ」「007/危機一発」「シャレード」などの名作が洋画の興収上位に並ぶその年、「リオの男」が9位(東京のみの集計)に入っていたのには少し驚いた。

「ベルモンド作品は当たらなかった」と興行のベテランから聞いていたからだが、目利きの観客はいたということか。なるほど、今見ても存分に面白い。お宝探しを話の軸にした、スティーブン・スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ」シリーズにもつながる冒険活劇である。スラップスティック(ドタバタ風に観客を笑わせる)冒険活劇といい換えたほうが、より正確かもしれない。

 このスラップスティックにコメディーがつく作品では、1920年代から30年代に活躍した米国の俳優、監督のバスター・キートンがよく知られるが、本作からキートンを想起してもあながち間違いではないだろう。

 体を張る。無茶苦茶なことをする。常識では考えられないアクション、動作で観客に度肝を与える。それが面白い。しかも当人は大真面目である。観客を笑わせるには演者が真面目であることが肝要だ。この鉄則から「リオの男」のベルモンドはいささかもはずれていない。

 興味深いのは、スーパーヒーローではないことだ。それほど強くはない。自身の力技で周囲の敵をなぎ倒すなんてことはない。ただ機転がきくので、結果的にすべて良し、強く見えてしまう。映画のマジックが彼を難局から救うといったほうが適切だろう。そのマジックに敏しょう極まりない体技で見事にこたえる。何が起ころうが彼は表情をあまり変えない。これが見事であり、ジャンルは違うがキートンもそうだった。

■バカバカしい面白さを味わう

 驚きの描写がふんだんにあるので、ぜひスクリーンで相対してもらいたい。1つだけ挙げておけば、料理でいうところのパンチのある前菜、冒頭から続くシーンが凄まじい。恋人を追って何も持たず(この身軽さが非常にいい)、空港までバイクなどを駆使してたどり着く。そこからだ、バカバカしくて面白いのは。

 ブラジルのリオデジャネイロまで飛行機で行ってしまうのだが、搭乗する手口には全くあきれ返る。ただただ、後先考えない行動あるのみの猪突猛進ぶりが、あれよあれよという間に描かれ、何のことはない、飛行機の座席についているではないか。

「えー、リオに行くのか」と驚くセリフがまたいい。空港に着くや、当たり前のように難なく空港の外に出てしまう。本作の大きな見どころは、あり得ないことを平気でさりげなくやってしまうところだ。観客は不自然さを感じながらもいつの間にかリアリズムを忘れ(というか、そんなことを考える人はいない)、拍手喝采をする。まさに荒唐無稽の極致。本作は映画の夢である。

「リオの男」以外の上映作は「カトマンズの男」(66年)、「相続人」(73年)、「エースの中のエース」(82年製作、日本初上映)、「アマゾンの男」(2000年製作、日本初上映)。「カトマンズの男」は「リオの男」より驚きのシーンが多く、こちらが好みという人もいよう。戦前のベルリン五輪を題材にした「エースの中のエース」は、ヒトラーとベルモンドが出会うシーンが秀逸だ。笑いでヒトラー、ナチスを打ちのめす。この笑いの手法、どこか生活に根付いているような感覚こそ、フランス映画(西ドイツの合作ではあるが)、いなフランス人のユーモアの真骨頂でもあろうか。

 ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2で、大いに楽しんでいただきたい。こんな時代だからこそ存分に味わえる映画の醍醐味が随所に満載である。「勝手にしやがれ」から今企画の作品へとつながっていくベルモンドの魅力は、世界映画史上を見渡しても比較できる俳優が見当たらない。ベルモンド、恐るべし、である。

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