草彅剛は年収3億円で木村拓哉を超えたことも…光GENJIの“10倍”も稼いでいたワケ
■“お笑いビッグ3”をも上回る稼ぎっぷり
「光GENJIが活躍し、SMAPが結成された昭和から平成初頭のジャニーズ事務所は月給制。それに歌唱印税などがプラスされました。CD売り上げなどはグループの人数分の頭割りになるため、個人の実入りは光GENJIもSMAPも少なかったと思います」(芸能プロダクション関係者)
テレビから音楽番組が減少した頃にデビューしたSMAPはソロ活動にも精を出した。稲垣吾郎が「二十歳の約束」(フジテレビ系)、木村拓哉が「あすなろ白書」(同)などドラマで知名度を上げていき、個々の活躍がグループの躍進につながった。
「草彅さんは96年、まだ連ドラ主演はありませんでしたが、『結婚しようよ』『おいしい関係』に出演していました。また、フジ系『笑っていいとも!』、テレビ朝日系『OH!エルくらぶ』とバラエティーのレギュラーも務めていたので、高額納税者入りしたんでしょうね。当時のテレビのギャラは高かったですし」(前出のベテラン芸能記者)
サッカーW杯日韓大会のあった02年12月、草彅は「チョンマルブック」を発売。これが40万部のベストセラーになったため、03年には1億円を超える納税額になったと思われる。


















