名盤制作の現場を記録した未公開映像

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「エリス&トム──ボサノヴァ名盤誕生秘話──」

 男女のデュエットは数あるけれど、こんなにも軽やかな幸福感に富む曲はないだろう。
♪棒きれ、石ころ、行き止まり、切り株、寂しさ、ガラスのかけら……。

 単語を並べるだけで彼女の声は少女のように弾み、やがてころころと笑い出すのを彼が微笑で受け止める。

 エリス・レジーナとアントニオ・カルロス・ジョビンの「三月の雨」はボサノヴァ最高の歌唱とされる。収録は1974年。半世紀も昔だが、当時の現場を記録した未公開の映像が今週末公開の「エリス&トム-ボサノヴァ名盤誕生秘話-」である。

 実はふたりは水と油。レジーナは「ハリケーン・エリス」と呼ばれた入魂の歌い手。逆にジョビンは鼻歌のようなボサノヴァ様式の「元祖」だ。

 生き方も正反対。ジョビンは長くアメリカ暮らしで故国ではお高く止まった「トム・ジョビン」と敬遠された。対するレジーナはブラジルの太陽と民を愛した左派のアイドル。が、軍事政権の翼賛行事で歌ったことで総スカンを食った。映像は彼らの転機となったアルバム制作の現場を空気感鮮やかに蘇らせるのだ。

 レジーナには評伝「台風エリス」(東京書籍)があるが絶版。ジョビンには妹エレーナによる「アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男」(青土社 3520円)がある。レジーナの話題はわずかだが、身内ならではの視点でブラジル音楽の2拍子とジャズの4拍子の違いで悩むジョビンの姿が随所に出てくる。ボサノヴァはアメリカでヒットして世界に知られただけにジャズの支流と見られてきたのだ。

 面白いのは同書の巻末解説に寄せたジャズピアニスト山下洋輔の堂々たる反論。かつて一度だけ会ったジョビンの思い出を手がかりに、音楽家ならではの意を尽くした筆致でつづるアメリカ優位の音楽史への挑戦状である。 

〈生井英考〉

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