萩本欽一(18)テレビ初出演で「やっぱり向いてない」と落ち込む欽ちゃんを思い直させた一通の手紙
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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萩本「面白い話すると、僕の計算でいうと優れてるっていう人は世の中にだいたい2割ぐらいしかいなくて、あとの80%はだいたい間抜け。で、間抜けの中で自分が間抜けって気づいてるのが20%しかいないんですよね。でも私の中では、ダメなやつほどダメじゃないっていうのがあるの。たまたまあの走る時、そう言って走ったんですけど」
増田「24時間テレビのマラソン企画ですか」
萩本「はい。だから私の中では、もともとダメな私がなぜこんなにうまくいったかっていうと、運と恩返し。この2つしかない」
増田「なるほど」
萩本「だから後に『欽ドン!』や『欽どこ』でたくさんの若い素人を番組に出したのもそういうこと。ダメなやつほど実はダメじゃないんです。まあ正直言うと、僕、有名人とやると上がっちゃってできないというのもあるんだけど。で、素人とやるとね、うまくできないよね、素人だから。俺がやらなきゃいけないと思うとね、おかしいこと面白いことがバババッって出てくんの。ええ、ですから私は素人に成長させてもらったんですよね。初めて55号が有名になったのが『お昼のゴールデンショー』*っていう番組だったんですけど」


















