河合敦さん<2>赴任先の養護学校で教育観が百八十度変化
日本史の先生になって教壇に立ちたい――。河合さんは、東京都の教員試験に合格し、夢をかなえたかにみえた。が、着任先は養護学校だった。
「新任教員の間で、“最初は島しょ部や定時制などにいかされる”と、そんな噂はあった。ボクもある程度覚悟はしていましたが、養護学校になるとは。
銀行の業務や、デパートの販売業務は学生でもおよそ想像がつきます。ですが、養護学校の先生の仕事は全く知らなかった。自閉症、ダウン症、筋ジストロフィー……。こうした子供たちがいると聞かされても、最初は“それって何だろう?”と。それくらい知識がなかったんです」
にもかかわらず、いきなり担任を任される。チームティーチングと呼ばれる、3人の先生が10人の生徒を受け持つスタイルだ。
「食事のとき、なかなかのみ込めなくて介助が必要な子、てんかんで急に倒れちゃうためヘッドギアをつけてる子もいた。高校1年生ですが、IQは最高で小学1年生くらい。常に目を配っておかないと何が起こるか分からない。衝撃を受けました。予定していた授業が中止になると、突然殴りかかってくる子もいた。予定が狂うと我慢できなくなる。自閉症の中にそういう障害があるんです。それも知らなかった。