見た目は熟女、心は小学生。アドレナリン全開踊り子の夏休み初日。

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コクハク

寝て回復するタイプと遊んで復活するタイプがいる

 踊り子として全国各地の舞台に立つ新井見枝香さんの“こじらせ”エッセーです。いつでも、いついつまでも何かしら悩みは尽きないし、しんどいことだらけの日常ですが、生きていく強さを身に付けるヒントを共有できたらいいなという願いを込めまして――。

【「イキてく強さ」】

 10日間で40回のステージを踊り、泥雑巾のように疲れ果てた踊り子には、ひたすら寝ないと回復できないタイプと、パーッと遊んで復活するタイプがいる。オフ初日の朝、目覚ましのタイマーが鳴るより前に止めた私は、尿意を我慢できずに目が覚めてしまう老化現象を差し引いても、確実に後者のタイプだった。

 グズグズとベッドから抜け出せなかった昨日が嘘みたいにスッと立ち上がり、すっぴんのまま軽い足取りで家を出る。午前中に友達と、海が見える駅で待ち合わせをしているのだ。

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 ホームに熱海行きの電車がやってきた。目の前にグリーン車が停まったのは偶然ではない。今の私には1000円を払ってでもグリーン席に座る理由があった。

 しかしそれは公演でバキバキになった体を労わるためではない。やがて見えてくる海を窓側で楽しみ、夏休み気分を盛り上げるためだ。車窓に1000円もかけたのだから、一睡もしない覚悟である。

いつも通り過ぎていた無人駅へ

 熱海の劇場へ向かう時に、いつも後ろ髪を引かれながら通り過ぎていたパステルカラーの無人駅に降り立つと、高台から海が見下ろせた。友人はもう一本後の電車で来るはずだ。たまらず坂を駆け下り、海岸へと向かう。

 服が濡れるのも構わず、サンダルのまま海に入って、バチャバチャと浅瀬で蟹を追いかけた。昨日までは劇場の楽屋でせっせと髪を巻いていた時間だが、しかし私は今、寝癖だらけの髪を帽子に突っ込み、子供みたいに真夏の海と戯れている。

 このまま頭から海へ飛び込むことだってやぶさかではない。しかし待ち合わせ時間が迫っていた。今度は来た道を1キロほど駆け上がり、友人と合流して川沿いのマス釣り施設へ向かった。そこでニジマスを釣って昼飯にするのだ。

ステージが始まる時間、地酒やあら煮をつまむ

 立ちっぱなしで3時間近く粘った後、ビール片手に釣果を腹に収め、それから炎天下の上り道をさらにてくてく歩き、広大なブルーベリー園で気が済むまでブルーベリー狩りをした。次々と口に放り込むものだから、抱えた籠には1粒も貯まらない。

 友人とはぐれるほど夢中で木々の奥へ奥へと進み、気付けば閉演時間を過ぎていた。帰りは途中下車して路地を歩き、目星をつけた酒場に入る。劇場では、そろそろ4回目のステージが始まる頃だろうか。終演後のビールが待ち遠しかった時間に、夏休みの私は地酒を飲み、地魚の刺身やあら煮をつまんでいる。

 ふと友人が私の顔を見て「日焼けしたね」と言った。酔って顔が赤くなっただけだろうと居酒屋のトイレで鏡を見たら、すっかりあら煮の煮汁みたいな色に焼けていた。

身体は衰えても、心は小学生のまま

 いつの頃からか、スタジオでダンスレッスンをすると、筋肉痛が翌日ではなく翌々日にやってくるようになった。時には3日後にようやく痛みを感じて、寝ている間にベッドから落ちたのかと勘違いするほどだ。その著しい遅れは必ずしも老化現象とは言えないのかもしれないが、以前よりも身体能力が衰え、何もかもに遅れが生じている。

 日に焼けるのは早くなったが、代謝が落ちたせいか、白く戻る頃にはもう次の夏だ。友人との会話で思い出せなかった人の名や本のタイトルも、思い出せなかったことを忘れた頃に思い出す。そしてついに、疲労までもが、遅れてやってきた。

 夏休み2日目の朝、猫が10匹乗っかっているように体が重い。なにがパーッと遊んで復活だ。おまけにブルーベリーの過剰摂取でトイレが近く、まるで熟睡できない。ただひたすら横になり、ベッドから出たらもう、半日が終わっていた。

 今年も夏休みは楽しみな予定がいっぱいだ。海で泳いでダイビングをして、SUPも漕いで、できれば船で沖へ出て過去最高にデカい魚を釣り上げたい。45歳になっても夏にはしゃぐ心は小学生のままだ。

 私には子供がいないし、今のところ目立った白髪もなく老眼の気配もないから、大人になった自覚もない。だが夏休みのあとに憂鬱な新学期が訪れるように、もう小学生ではないという現実が、どどっと遅れて押し寄せるような気がしてならない。

 先日海に潜って一緒に泳いだ海亀から、遅れたお中元として玉手箱が届く気さえしている。

(新井見枝香/元書店員・エッセイスト・踊り子)

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