「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」エド・ヨン著 久保尚子訳

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「動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか」エド・ヨン著 久保尚子訳

 犬の散歩をしている人がところ構わず嗅ぎ回ろうとする犬のリードを引っ張って引き戻そうとしているのをよく見かける。人間にとっては運動と目的地までの移動かもしれないが、犬にとってはその鋭い嗅覚で自分のいる世界を認知するという重要な行為なのだ。犬に限らず、どんな動物にもその動物に備わっている感覚で外界を知覚し、それぞれ特有の知覚世界=環世界の中で生きている。猫が獲物を狙うとき身を屈めるが、身を低くして目立たないようにしていると同時に腹部の筋肉に備わっている振動感知受容器で獲物の振動を感じ取っているという。

 本書はさまざまな動物たちが感じている不可思議かつ驚異的な環世界へいざなってくれる。取り上げられている感覚は、匂い、味、光、色、痛み、熱、触覚、振動、音、エコー、電場、磁場。何マイルも離れた場所から漂ってくる雌の匂い物質を羽毛状の触角で捉える蛾の雄。シマウマはなぜあのような派手な縞模様なのかというのはかねがね疑問だったが、実はあのコントラストは人間の目だからそう見えるので、ライオンなどの捕食者の視力はかなり低く、シマウマもロバもほとんど同じに見えるという。魚は痛みを感じないという通説も現在では多くの実験によって否定されている。一方極めて痛みに強いハダカデバネズミのような動物もいる。

 そのほか、赤外線を感知できる吸血コウモリ、ガラガラヘビ、敏感な手の感触で獲物を捕獲するラッコ、砂の中にクチバシを突っ込んで餌を感知するコオバシギ、魚が水中に残す目に見えない痕跡をヒゲで感知するゼニガタアザラシなど、ユニークな環世界の模様が豊富に紹介されている。しかし問題なのは、人類の生み出す温暖化、騒音、光害などによって、そうした特有の環世界を一変させてしまう「感覚汚染」がいま急速に進んでいることだ。終章の「脅かされる感覚風景」はその危険性に警鐘を鳴らしている。 〈狸〉

(柏書房 3850円)

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