津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

ビスマルク神話の限界を風刺画で見る “アメとムチ”で支配は幻想だった

公開日: 更新日:

 図①はドイツの画家アントン=フォン=ヴェルナーによる、1871年のドイツ帝国成立の瞬間を描いたものです。壇上の皇帝ヴィルヘルム1世と白い軍服姿のビスマルクが見えますが、周囲にいる人々は、実はドイツ帝国に参加した君主たちなのです。

 つまりドイツは22の君主国と3つの都市国家の集合体という国家体制をとっていました。プロイセン改めドイツ帝国の宰相となったビスマルクは、このバラバラな状態を克服して、帝国を存続させることを課題としました。

 今回は風刺画を中心に、ビスマルクの政策を見ていきましょう。

■カトリック弾圧

 ドイツは北部を中心にルター派のプロテスタントが多数を占める一方、東部や南部ではポーランド人やバイエルン人らのカトリック教徒が有力でした。そこで図②をご覧ください。左にいるのはビスマルクで、右の人物はローマ教皇ピウス9世です。もちろん、ローマ教皇はカトリックです。

 絵の下には、2人の会話が次のように記されています。

「さっきの一手は私には確かに嫌なものだが、だからといって、この勝負はまだ負けてはいない。私にはまだもっといい手があるのだよ!」(ピウス9世)

「いや、これが最後の一手になるでしょう。そして貴殿はあと数手でチェックメイトになります、少なくともドイツにとってはね」(ビスマルク)

 ビスマルクの脇にはチェスの駒がいくつも入った箱があり、「逮捕されたカトリック聖職者」をあらわしています。両者の腹の探り合いを示す風刺画と言えるでしょう。

 この絵はビスマルクが、近代化を進める自由主義勢力に便乗する形で、カトリック勢力との対決をドイツ文化を守るための闘争であると称し、弾圧政策をおこなったことを示していたのです。

 しかし実際は、ドイツ国内においてカトリック勢力が中央党という政党に結集し、逆に勢いを強めてしまいます。ビスマルクによる国民統合政策は失敗に終わりました。

■裏目に出た社会主義者追放

 次に図③を見てみましょう。ビックリ箱から飛び出そうとする社会主義者を、箱の中に押し戻そうとしているビスマルクが描かれています。

 1875年に成立した社会主義労働者党(現在のドイツ社会民主党)を警戒するビスマルクは、2度にわたる皇帝暗殺未遂事件を口実に、1878年に「社会主義者鎮圧法」の制定に成功します。これにより約200もの政治結社を解散に追い込み、2年間限定の法律をさらに1890年まで延長して「帝国の敵」を追放しようとしました。

 しかし、こちらもビスマルクの思惑とは裏腹に、社会主義労働者党が選挙のたびに議席を伸ばし続けたことで、失敗に終わったのでした。

 一方、史上初の疾病保険法(83年)、労災保険法(84年)、老齢廃疾保険法(89年)などの社会政策を実施したことは高く評価するべきだと考えられます。ただし、国内の労働者たちが社会主義労働者党になびくことを阻止できなかったわけで、かつての、「アメとムチ」の政策で国内をコントロールした、という評価は修正される必要があるでしょう。

■フランス孤立を狙った?

 では、外交面はどうでしょうか。「ビスマルクの狙いは、ドイツに対して復讐心を抱くフランスを外交的に孤立させること」と、よくいわれてきたのですが、近年の研究では、それは「結果として」そうなったのであって、狙ってそうなったものではない、とされています。

 地図を見ると、フランスの孤立化を意図しているように見えますが、ビスマルクはその都度、最適と考えられる対外政策を重ねていっただけであり、明確な目標のもとフランスの孤立化に向かって外交政策を進めたわけではありませんでした。さらに言えば、ドイツ全体の利害というよりも、プロイセンの利害を優先し続けたところにビスマルクの特徴があります。

 もちろん、ビスマルクは外交の基本構想として、「フランスを除くすべての列強が、わが国を必要としていて、しかも列強相互間の関係のゆえに、わが国に敵対する同盟を形成することができるだけ妨げられている、そのような一般的政治状況」をつくり出すことに精力を傾けていました。図④はパペットを操るビスマルクを描いたものです。操られているのはドイツ、ロシア、オーストリアの皇帝たちで、いわゆる「三帝同盟」を風刺しています。

 1884~85年のアフリカ分割に関するベルリン会議をビスマルクが主宰したのも、アフリカの植民地化をめぐりヨーロッパ諸国が対立したことで紛争が起こりかねず、ひいてはドイツおよびプロイセンの不利益になると考えたからでした。だからビスマルクは、自らを「誠実な仲買人」と呼び、ドイツの植民地拡大ではなく、ヨーロッパ列強同士の安定を追求したのです。

■「芸術」的な外交手腕

 ビスマルクはその外交手腕で、各国に領土保証を密かに認めたり、勢力均衡を踏まえたりしながら、相互協力と参戦義務をちらつかせるなど、ありとあらゆる「利益誘導」によって協調関係を構築してゆきました。これはもう、ビスマルク以外には成しえない「芸術」とでも言えるものだったのです。

 ただし、それはガラス細工のように繊細な外交でした。ビスマルクという調停者を失った時に機能不全に陥り、ドイツは第1次世界大戦へと向かってしまうのでした。

■ナショナリズムの高揚

 第1次世界大戦での敗北後、過酷なヴェルサイユ体制下に置かれたドイツは、ドイツ人意識の高揚やナショナルな価値観を再認識し始めました。その時に生まれたのが、ビスマルクをことさらに称揚する流れでした。まるでビスマルクが19世紀後半に、ドイツ国内やヨーロッパ各国を意のままに操っていたかのような言説が広まり、それが事実であると受け止められたのです。

 ビスマルク生誕200年を過ぎた今、「神話」から解放された、ありのままのビスマルク像を見つめる必要があるのではないでしょうか。

 ◇  ◇  ◇

■もっと知りたいあなたへ
世界史リブレット人065 ビスマルク ドイツ帝国の建国者
大内宏一著(山川出版社 2013年) 880円

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