著者のコラム一覧
内田正治タクシードライバー

1951年埼玉県生まれ。大学卒業後、家業の日用品、雑貨の卸会社の専務に。しかし、50歳のときに会社は倒産。妻とも離婚。両親を養うためにタクシードライバーに。1日300キロ走行の日々がはじまった。「タクシードライバーぐるぐる日記」(三五館シンシャ)がベストセラーに。

(16)他人様のお金を黙って懐に入れたら…「1万円札」をめぐる2つの思い出

公開日: 更新日:

 逆のケースもあった。あるお客が支払いの際、料金トレーに1万円を置いた。料金は3800円。6200円を渡すといそいそと降りていったのだが、渡された1万円札を確かめてみるとなんと2枚重なっていた。ピン札だったのだ。あわててクルマを降り、あたりを捜したが、お客の姿はどこにもなかった。会社に報告すべきかとも思ったが、「あえて事務員の仕事を増やすのか? 多めのチップと思いなさい」という悪魔の声に負けてしまった。そのお客はレシートも受けとらなかったから、あとで「しまった」と思っても調べようがない。私は「自分のミスではない」と自分に言い聞かせつつも、数日間はやはり罪の意識が消えなかった。

■正直女性の言葉

 この一件から半年ほど経ったころ、1万円札ではこんなこともあった。70代後半の女性を乗せたときのこと。庶民的なおばあちゃんといった雰囲気の女性だった。クルマを降りる際に、1万円札を渡され、お釣りの三千数百円を渡した。すると、ほほ笑みながらこう言ってきた。「1枚多いわよ」。指の脂が抜けてしまって、だからといってなめるわけにもいかずと私は苦笑しながら説明し、「いいお客さまで助かりました」と礼を言った。すると「他人様のお金を黙って懐に入れたらバチが当たらぁ。お天道様は見てっから」と下町口調で答えてくる。そして、私の手に自分の手を重ねながらこう続けた。「ほれ、これがいままで一生懸命働いてきた手。まるで白魚のような手だろ」。そしてカッカッカッカと笑いながらクルマを降りていった。女性の生業は知る由もないが、その手の感触は硬くゴツゴツとしたものだった。正真正銘の労働者の手だった。

 私は半年前の「1万円チップ事件」を思い出していた。決して意図して得た1万円ではなかった。だが、女性を降ろした後、私はフロントガラス越しに強く差してくるお天道様の光をいつもよりまぶしく感じていた。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 暮らしのアクセスランキング

  1. 1

    教授の"高額接待"スキャンダルなど不祥事続きで…国際卓越研究大学制度から東大脱落の可能性と評価

  2. 2

    ナフサ由来の資材不足で酷暑の真夏にエアコンが使えなくなる「電気代補助」で利用促進も本末転倒

  3. 3

    “謎の風邪”感染者が急増…インフル&コロナ陰性でもツライ「症状」の正体と「流行」全国拡大の理由

  4. 4

    富士山南麓でクマ出没相次ぐ異常事態…地元自治体、サファリ、アウトドア施設が緊急対応

  5. 5

    医学部に進学した息子のために老後破産したエリートサラリーマンの懺悔

  1. 6

    伊藤博文らの「皇室典範」をめぐる議論では、女性天皇や女系天皇を認めることが検討されていた

  2. 7

    日本に冷夏もたらすはずが今年も猛暑予想…「スーパーエルニーニョ」の脅威を専門家に聞いた

  3. 8

    ウィッキーさんの息子は慶応大医学部卒、ハーバード大学大学院修了の超エリート! ウィッキーさんの妻が初めて明かした教育法とは?

  4. 9

    富山・立山で出没のクマは餌不足ではなかった! 観光名所「称名滝」の遊歩道で観光客被害

  5. 10

    「下戸は居酒屋に来るな」は本当か? 店側が明かす“歓迎される客・されない客”の違い

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人・橋上秀樹監督代行とは何者か…原辰徳氏には干され、阿部監督が心酔した“野村ID野球”の継承者

  2. 2

    (3)巨人の次期監督は誰か…松井秀喜氏、桑田真澄氏より“現実味”帯びる原辰徳氏の4度目登板

  3. 3

    (1)阿部監督の暴行事件は巨人にとって“渡りに船”だったか…異様に早い「解任判断」の裏側

  4. 4

    ゾンビたばこ羽月隆太郎「共犯者暴露」の大きすぎる波紋…広島・新井監督の進退問題にまで飛び火か

  5. 5

    (2)阿部監督「長女の手紙」で潮目一変…巨人が“事件矮小化”を手引きしたのか

  1. 6

    高市首相「中傷動画」疑惑に逆ギレ答弁連発 質問した野党議員の制止振り切り“ご飯論法”で一気まくしたて

  2. 7

    絶好調!巨人・阿部慎之助を支える最強あげまんグラドル小泉麻耶

  3. 8

    ゾンビたばこ羽月隆太郎が涙の激白 広島内で「関与は6人」「壮絶イジメ」「裏切り」【会見全文】

  4. 9

    維新はシャカリキでも産業界は「ノーモア都構想」…企業がごっそり“脱・大阪”前年度比1.8倍増

  5. 10

    広島羽月 お立ち台で見せた初々しい“坊主頭”の意外な理由