田中みな実も愛用の入浴剤を作った研究者の七転八倒<後編>

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(株)ホットアルバム炭酸水タブレット 小星重治社長

 今でこそ話題の入浴剤「ホットタブ」をつくっている会社の社長だが、成功まではいばらの道の連続だった。

 14年前、コニカミノルタの特別顧問を退任し、62歳で人生再出発。自ら開発した画像管理ソフトを販売する「ホットアルバムコム」という会社を設立した。

「社名にもした『ホットアルバム』というソフトは、おばあちゃんでも簡単にカメラからパソコンに転送し、ワンクリックで全ての写真を音楽付きでスライドショーにしたり、ハードディスクやDVDに安全に保管したりできるものでした。当時としては画期的なソフトだったのですが、スティーブ・ジョブズのせいでたちまち過去のものになってしまいました」

 スティーブ・ジョブズといえばスマートフォンの代名詞であるアイフォーンの生みの親。スマホ1台で写真の撮影から画像の保存、共有まで全て完結できるようになった。パソコンも記録用のディスクも、ひいてはカメラ機すらもいらない。そんなジョブズの究極のマイナス思想に完敗を認め、事業を畳む決心をする。

「会社を起こして4年、貯金や退職金、コニカ株の売却益など全て突っ込みましたが、それでも7000万円の借金がありました。その返済期限が2カ月後に迫っていました。自己破産は周りに迷惑をかけるから、生命保険で返そうと、死に場所を求めて車で3日間、関東各地をさまよいました」

 しかし、なかなか死にきれない。そんなある朝、家の近くの山の上に神道の教会を見つけた。そこにお参りし、教会長と話をしていると、普通なら下に垂れるはずのロウソクの蝋が上にせり上がり輪をつくった。「これは吉兆だ」と言われると、その日たまたま旧知のミニラボメーカー元常務から、思わぬ話が舞い込んできた。とある知り合いが重曹とクエン酸の粉を入浴剤として売っているので、それを錠剤にして重炭酸入浴剤をつくってくれないかと頼まれたのだ。

「それはまさに私がドイツに出張していた時の体験からやりたいと思ったことでした。ドイツは世界有数の温泉療法大国。実際に温泉に入ると驚くほど体が温まり、時差ボケも吹っ飛び、ぐっすり眠れる。この温泉を手軽に家庭のお風呂で再現できたら、家庭のお風呂で湯治ができ、皆が健康になれるのに……。薬剤を錠剤にする技術は、写真のミニラボのものを応用すればできると思いました」

「人を立てれば蔵が建つ」という父の教えを守り

 さっそく古巣のコニカ子会社に出向していた元部下に連絡して、錠剤づくりに取り掛かった。重曹とクエン酸を固めるのは今まで誰もなしえなかった技術で、予想以上に難しかったが、試行錯誤を経てなんとか実現にこぎつけた。

 借金返済についても、土壇場で追加融資が決まったり、好条件の借り換えができたりして、奇跡的に破産は免れた。さらに奇跡は続く。錠剤の入浴剤を納めていたメーカーが詐欺に遭うなどして経営が回らなくなり、結果的に入浴剤の製造・販売権を手にすることができたのだ。

「当時はデジタル関連の仕事が自分の本業だと思い、つくった錠剤は無料で卸していました。またメーカーが騙されて借金を背負った時も、私は肩代わりしたんです。それはすべて、小さいころ父親に言われた〈人を立てれば蔵が建つ〉という教えを守るため。いつか回り回って自分に来ると信じたからなのですが、それが現実になったわけです」

 倒産寸前だったのが、年々売り上げが倍増。ついには年間売り上げ10億円を突破するまでに。そしてこの成功は、ひとつの信念を抱かせた。それは、「この入浴剤で高齢者が元気になれば医療費を削減でき、国への恩返しになる」ことだ。

「重炭酸入浴は本当に健康に良い。驚くべき効能は薬機法の都合で多くは語れませんが、平日は朝晩2回、休日は5~6回も入っている私が証拠です。朝5時からゴルフをやって、8時に会社で会議をしても全く疲れないのですから。この年で病気ひとつせず、仕事をバリバリこなせるのは幸せなこと。年金はかなり減りましたが、その分給料として入ってくる。多くの高齢者が私のように元気に働ければ、きっと日本は立ち直り、高齢化社会先進国として世界のお手本になれるはずです」

 2019年には入浴剤と同じ泉質を持つ大分県竹田市の長湯温泉に、入浴施設「クアパーク長湯」を開設。より多くの人に重炭酸入浴の価値を知ってもらうべく、普及に努めている。

 5年後の2025年には、80歳での上場を目指している。それももちろん単に儲けたいからではない。

「私は娘が3人ですから跡取りはいない。だから会社は公器、仕事は世のため人のためと思っています」

 そう、それはあくまでも父の教え、「人を立てれば蔵が建つ」を守るためなのだ。 =おわり

 (取材・文=いからしひろき)

▽こぼし・しげはる 1944年、神奈川県生まれ。地元高校卒業後、小西六写真工業(現・コニカミノルタ)に入社。技術部に配属されると、画期的な技術を次々と開発し、680件以上の特許を取得。1999年に紫綬褒章を授与された。現役引退後は健康入浴剤の開発に着手。写真技術を応用し、中性重炭酸入浴剤の錠剤化に世界で初めて成功した。2020年6月末現在の総売り上げ(OEM含む)は1億6000万個を突破。

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