ナレーターで大成する秘訣 超売れっ子の木村匡也氏に聞く

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木村匡也さん(ナレーター・声優)

「引っ張りだこ」とはこの人のことだ。先月からアニメ「ちびまる子ちゃん」の2代目ナレーターに就任。「進め!電波少年」や「めちゃ×2イケてるッ!」などのナレーションで知られる第一人者だが、ナレーターで大成できる秘訣とは何なのか?

 ◇  ◇  ◇

「電話で“もしもし、あなたをちびまる子ちゃんのナレーターにという話があるんですが”と連絡があり、ビックリしました! 声優とナレーターは畑が違うのでまさかと思いましたが、いや~うれしい限りです」

 電波少年やめちゃイケ以外にも、「クイズ$ミリオネア」「どっちの料理ショー」「芸能人格付けチェック」「がっちりマンデー!!」など人気番組のナレーターを務める超売れっ子。しかし今年になるまでアニメの仕事は未経験だったという。

「この年で1年生。新たな気持ちでがんばります!」

 1965年、福岡県出身。子どもの頃からテープにラジオ放送を録音しては「はい! こんにちは、キョーヤです!」などDJ遊びをしていたという。西南学院大学では英語を、そして留学先のベイラー大学ではスピーチやディベートを研究するコミュニケーション学を専攻した。日米貿易摩擦時代のアメリカに留学したことで「これからは日本人も英語でハッキリ自己主張できないとダメだ」とアメリカの大学院への進学を決意。3月に西南学院大を卒業し、9月に渡米するまでのいわば準備期間にその“事件”は起きた。

「たまたま大学の隣でアジア太平洋博覧会、通称『よかトピア』が開かれたんです。そこでミニFM局が開設されるので、DJのアルバイトをしたところ、関係者の耳に留まり、同じ年に開かれたFM東京主催の『アメリカントップ40 イングリッシュDJコンテスト』に出場することになりました。そこでなんとグランプリを獲得。当時はプロになる気は全くなかったのですが、負けて泣いている人たちを前に本音を言い出せず、そのままズルズルとプロの道に進んでしまいました」

 もちろん米国留学は中止。在学中から親身に世話してくれた担当教授からは「会うと、いまだにバカヤロー! と怒られてます(笑い)」。

スタートは全編ナレーションの「電波少年」

 その後、しばらく地元福岡でラジオDJとして活動し、1992年に上京。FM東京で冠番組「ファビュラスナイト」をスタートさせる。その数カ月後に“運命の番組”に出合った。

「電波少年です。3カ月限定の試験的な番組だったのですが、あれよあれよと人気に火がついて、気づけば10年以上。人生わからないもんですね」

 この番組がアポなし突撃取材以外に画期的だといわれるのは、全編ナレーションの構成。当時、こうした手法のバラエティーは皆無、いやタブーだった。

「総合演出のT部長こと土屋敏男さんは萩本欽一さんとテリー伊藤さんの弟子。お笑いというのは見てすぐ分からないとダメで、『その時、松村は~』などナレーションで説明するお笑いは邪道だということは重々承知の上。それでいて、あえてけしからんことばかりやる番組だったので面白かったですね。台本も最初は1、2ページだったのですが、どんどんナレーションが増えていって、気づいたら30分ほとんどしゃべりっぱなし、三十数ページに及んでいました」

 低音の、いまで言う“イケボ”(イケメンボイス)のラジオDJで売り出そうとしていた矢先、バラエティー番組の“ふざけた”ナレーションに最初は戸惑ったそうだが、「子どもの頃から好きだった『トムとジェリー』の谷幹一さんのナレーションを手本にして乗り切った」という。谷幹一といえば渥美清、関敬六とスリーポケッツというお笑いトリオを組んでいた喜劇役者だ。

 伝説的バラエティー番組でまさに一世を風靡した木村さんだったが、やがて大きな壁にぶち当たる……。

大先輩の完コピと修羅場経験で訓練

 今年4月、国民的人気アニメ「ちびまる子ちゃん」の2代目ナレーターに就任した。過去には「進め!電波少年」や「めちゃ×2イケてるッ!」、最近は「芸能人格付けチェック」「がっちりマンデー!!」など人気番組のナレーターを務める売れっ子だ。しかしそんなトップランナーも、駆け出しの頃は随分と苦労したという。

「もともとナレーションの勉強などしたことがなかったので、とにかく日本語が下手でしたね。電波少年は特殊だったので許された部分がありましたが、他の現場に行くと“日本語の発音がなってない”と叱られてばかり。これには落ち込みました」

 かといって今さら学校に通うヒマはない。そこで挑んだのは、実力派ナレーターの“完コピ”だった。

「羽佐間道夫さん、槙大輔さん、渡辺篤史さん。この大先輩3人のナレーションをラジカセにとって、一言ずつなぞるように練習しました。いわば“声のトレース”ですね」

 さらにはテレビ番組放送の“修羅場”によって、いやが上にも鍛えられた。

「当時、3時間番組のナレーションなどは、放送が始まっているのにまだ後半部分のナレーションを収録しているなんてザラでしたからね。読めない! なんて泣き言は許されない。絶対に時間内に読むぞという覚悟がないと自分のせいで放送が飛んでしまう。こんな究極のプレッシャーの中での仕事、今の人にはできないでしょうね」

 そのおかげで、今は台本の下見一切なし、つまり一発収録一発OKだという。

「そうすればスタッフの皆さんも早く次の作業に移れる。だから次のお仕事がいただけるのだと思います。“最高の仕事こそ最高の営業”ですから」

 ちなみに、番組ごとに“語りかける相手”を替えていたという。例えば電波少年は「ちょっとオタクな感じのテレビマニア」、めちゃイケは「ナイナイ好きの中学生男子」といった具合だ。

「めちゃイケは“ナイナイ3人説”というのがあって、岡村さんと矢部さんがフザけているところに、3人目のナイナイが突っ込むんです。それがめちゃイケのナレーションのスタイルでした。原稿を書いていたのは総監督の片岡飛鳥さんですが、年齢が近いこともあり、フィーリングは理解しやすかったですね。例えば『説明しよ~』という言い回しは昔見たアニメのヤッターマンだなとか、言わなくてもわかっちゃう。大人になっても中学校の放課後のバカ騒ぎが続いてるって感じで楽しかったですね」

「キートン山田さんの背中をこっそり追いかけています」

 ちびまる子ちゃんの場合は、前任者のキートン山田さんの語り口を“トレース”したという。

「確固たる世界観があるので、それを崩さないよう心がけました。それぞれ喉に持っている楽器が違うので、絶対同じ声にはなりませんが、メロディーや高さを繰り返しトレースすることで近づけることはできます。駆け出しの頃と変わりませんね」

 しかし、テレビ番組のナレーションとは勝手が違うという。

「ちびまる子ちゃんはあくまでも声優の仕事。つまり声のお芝居です。僕はお芝居の経験がなかったので、大ベテランの音響監督・本田保則さんからは“読みがきれい過ぎる”とか“流れを考えて芝居して”とか叱られっぱなし。それでも“君は君の芝居でいいんだよ”と励まされて泣きそうですが、憧れのキートンさんに少しでも近づきたいので、こっそりその背中を追いかけています」

 コロナ禍で全盛期より8割も仕事が減ったというが、その中での声優という新しい挑戦に「この年で1年生スタートできるなんてありがたい」と前を向く。新境地に向かうたびに思い直すのは、日本の伝統芸能「浄瑠璃」への敬意だ。

「劇中人物のセリフやしぐさ、心理描写までする語り手の太夫はナレーターの元祖であり究極だと思っています。人間国宝クラスの達人ですら“義太夫の修業は一生では足りなかった、もう一生欲しかった”と嘆いているんですから、僕なんてまだヒヨッコというわけです」

 30年近く第一線で活躍する国民的ナレーター。その波瀾万丈の人生は“後半へつづく”のである。

(取材・文=いからしひろき)

▽木村匡也(きむら・きょうや)1965年、福岡県生まれ。西南学院大学卒業。89年にFM東京主催の英語DJコンテストで優勝。地元・福岡でラジオDJを務めた後、92年に上京。直後に「進め!電波少年」のナレーターに抜擢され、独特のユーモラスな語り口で一世を風靡する。その後も「めちゃ×2イケてるッ!」「クイズ$ミリオネア」「どっちの料理ショー」「芸能人格付けチェック」「がっちりマンデー!!」など国民的人気番組のナレーターを務める。2021年4月からキートン山田氏の後を継ぎ、アニメ「ちびまる子ちゃん」の2代目ナレーターに就任。

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