マック、UNIQLO…人材育成のプロがたどりついた人心掌握術

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ホスピタリティ&グローイング・ジャパン代表取締役社長 有本均さん

 サービス業に特化した人材教育や研修を行う会社である。そのトップは1970年代、黎明期のマクドナルドでアルバイトを始め、そのまま日本マクドナルドに入社。店長、スーパーバイザーなどの職を経て同社の人材教育機関「ハンバーガー大学」の学長になったという、異色の経歴の持ち主である。

 ただし、マクドナルドに入った理由は「たまたま」だそう。

「愛知から上京して、親からは学費以外の援助は受けられないことになっていたので、さっそくアルバイト先を見つけようと。本当は割のいい家庭教師をしたかったのですが、まだ3月で学校も始まっていないから、募集の有無も分からない。なので、その口が見つかるまでの間つなぎとして、アルバイト情報誌をめくって見つけたのが、新宿のマクドナルドだったのです」

 当時、マクドナルドは全国にわずか50店舗ほど。外食産業という言葉もなく“知る人ぞ知る”存在だった。時給も300円と、当時の一般的なアルバイトと比べて高くない。ちなみに同店の普通のハンバーガーは当時150円。ビッグマックは330円だったから、「給料日の日しか食べられなかった」高級品だ。

 そんな目新しいアルバイト先で東京生活をスタートさせたが、2日目の調理中に手をヤケドしてしまう。水ぶくれになり、夜も眠れないほど痛んだ。「こんな危険な職場、いつか辞めてやる」と思いながら、やり続けたのには訳がある。

「3カ月も経たないうちに昇給したんです。それも一律にではなく、ちゃんと上がった理由も説明してくれて。うれしかったですね」

 さらに独自の“教え合う文化”も魅力のひとつだったと振り返る。

「マクドナルドといえば当時からマニュアルによるハンバーガー作りと接客が基本でしたが、それをしっかり守れば、入って1~2カ月くらいで次の新人に教えられる。教える喜びというか、承認欲求が満たされるまでのサイクルが早いんです。当時はそれをどこまで意識してやっていたかは分かりませんが、人材コンサルタントの今の自分から見ても、素晴らしい仕組みだと思いますね」

 50人ほどいたアルバイトスタッフとの交流も楽しかった。学校とは違うコミュニティーに、すっかり魅了されてしまったのだ。

「皆マクドナルドが好き」

 そんなこんなで「3カ月したら家庭教師の仕事を見つける」という予定はどこへやら。結局大学の4年間、クルーとして働き続け、そのまま入社してしまった。

「それまで3人の店長の下で働いたのですが、それぞれ個性が強くて、仕事もバリバリこなす凄い人たちでした。そして共通していたのが、皆マクドナルドが好きだということ。こんな店長に自分もなってみたいと強く思ったんです」

 当時、右肩上がりで店舗数を増やしていたマクドナルドは、夢と希望を抱く若者の目には将来有望な成長企業に映っただろう。しかし、大人の見る目は違った。

「両親には猛反対されましたね。特に母親からは“おまえはパン屋の小僧になるのか!?”と。パン屋の小僧? そんな言葉があるのかと、反発するより前に驚きました」

 さらには「水商売」という言葉も口にするほど、両親にとっては理解不能な職業だった。結局、勘当同然になり、3年ほど実家に帰れなかったという。

 さて、意気揚々と入社すると、丸2年働いた頃、念願の店長に昇進した。アルバイト時代から数えれば足かけ6年。「自分が店長になったらこんな店にしよう」と理想の店舗像は完璧に頭の中にできていた。しかし、それは早々に打ち消されてしまう。

念願の店長になって早々にピンチ!

「マクドナルドを象徴するのがQSCという言葉。クオリティー・サービス・クリンリネスの頭文字をとった3文字ですが、これが最高の状態でできているのが理想です。それまでの歴代店長が完璧だったので、自分はそれ以上の店にしてみせると意気込んでいました」

 しかし理想と現実のギャップは大きかった。自分の思った通りに動いてくれないアルバイトたちに、日に日にイライラが募っていった。

「もともと自分はよくしゃべるタイプではないし、全く知らない店に赴任したので、アルバイトたちにしてみれば“訳のわからない新人店長が来てガタガタ言っている”という感じ。マクドナルドの店長として一番駄目なパターンを地でやっていましたね」

 案の定、職場の雰囲気は最悪。ついには女性アルバイトを泣かせてしまう。

「別に悪気はなかったんですが、言葉にトゲがあったんでしょうね。さすがにこれはマズいと焦りました」

 そんな“新人店長”を救ったのが「ハンバーガー大学」だ。1971年の日本初出店と同時期に創立されたマクドナルドの人材育成機関である。そこで束の間、職場を離れ、同じ立場の者同士、講師の話に耳を傾けた。

窮地を救った講師の言葉とは?

「“クルー(アルバイト)に感謝していますか?”と聞かれ、確かに自分はやってなかったなと。普段は忙しすぎて、そんなことに気を使う余裕はありませんでしたから」 

 ファストフードの店長は孤独な仕事だ。入社2~3年で50人以上のスタッフを部下に持ちながら、相談する相手はいない。エリアマネジャーなどの上司は週に1回くらい来て、問題点を指摘するだけだ。

「こうした場があれば、冷静に自分の仕事を振り返ることができる。“集合研修”の大事さを実感させられた出来事ですね」

 奇遇にも、このハンバーガー大学の学長に有本氏は41歳の時に就任する。当時、日本マクドナルドは「サテライト戦略」の名のもとに規模の拡大を進めており、短期間でスウィングマネジャー(店長代理)を育成する必要があった。その教育プログラムづくりを任されたのだ。

「それまで“仕組み”といえば、アメリカ本社のものを利用するのが当たり前で、自分たちでそれをつくるという発想はありませんでした。だから相当苦労しましたね。しかし一番大変だったのは、現場の“コンセンサス”を得ることでした」

 当時の日本マクドナルドの現場のトップは叩き上げが多く、「優秀であると同時に相当な自信家ばかり」だった。当然ながら自分のやり方が一番と思っており、そうした人たちに新しい仕組みを理解して協力してもらうことが「一番骨が折れた」という。

「そういう時はとにかく話し合うしかない。その後、請われて行ったユニクロ大学でも同じでした。ただ共通していたのは、どちらもやると決まったらとことん実践してくれたこと。そこはさすが日本を代表する企業だと思いましたね」

■ちゃんと相手の目を見て話す、話を聞くなどの“原理原則”

 このコロナ禍で、企業はいやが上にも変化を迫られている。DXやAIで、仮に100人の社員が50人に減ったとしても、人材育成の大事さは変わらないだろう。むしろ少数精鋭のために、必要性は高まるはずだ。では何が必要なのか?

「教育の基本は教える側と教わる側の信頼関係。それをつくるのは、ちゃんと相手の目を見て話す、話を聞くなどの“原理原則”です。その原理原則を徹底させる仕組みと強い意志が必要で、ある意味“気合と根性”につながる部分はあるかもしれませんね」

 時代が変わっても、人が人を教える大変さは変わらない。有本氏が長年の人材育成の現場で見つけた真実だ。

(聞き手=いからしひろき)

▽有本均(ありもと・ひとし) 1956年、愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部入学直後からマクドナルドでアルバイトを始め、79年、日本マクドナルドに入社。店長、スーパーバイザー、統括マネジャーを歴任後、マクドナルドの人材教育機関である「ハンバーガー大学」の学長に就任。2004年、ファーストリテイリングの柳井正会長(当時)に招かれ「ユニクロ大学」部長に就任。その後、外食・サービス業の代表や役員を歴任し、12年、サービス業に特化した教育・研修事業会社「ホスピタリティ&グローイング・ジャパン」を設立。

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