帝京・金田優哉監督にズバリ聞いた「あの前田三夫前監督の後任という重圧はありますか?」
「監督の難しさはコーチと全然違う」
──監督就任の経緯を教えてください。それまでは帝京でコーチを務めていましたが、なぜ金田監督が後任に選ばれたのですか?
「そのあたりの事情は私にもわかりません。前田さんもいろいろ考えがあったのでしょう。ただ、打診の際はすでに退任を決めていた前田さんに、『俺は辞めるから後を頼むぞ』と言われたんです。これがもし、『辞めようと思うんだけど、後のことを……』と言われたら、いやいやもう少しお願いしますよ、と言っていたと思います(笑)」
──金田監督は筑波大を卒業後、一般企業に就職してから再び高校野球界に復帰した。
「大学卒業後も選手としてプレーしたかったんですが、それができず……。例にならって就職活動し、2年間、野球とは無縁のサラリーマンをしていました。でも、やっぱり野球、高校野球で勝負したいという思いが強くなってきた。母校に戻ってこれたことは本当に幸せですね」
──監督業の難しさは。
「コーチとは全然違いますね。常に全責任を負って、勝ちに導かなければいけない難しさがある。幸い、ウチはコーチたちがかなり考えて私を支えてくれています」
──19年に学生寮が完成。有望選手は増えましたか?
「遠方の子を勧誘しやすくなったのは利点ですね。私の頃は全員が通い。私も家から学校まで2時間弱かけて通っていましたよ」
──監督が地方に勧誘に行くことはありますか?
「場合によっては行きますよ。ウチにはスカウトなどのスタッフがいないので……。ただ、寮ができて全国から選手が集まってきたからといって、すぐに甲子園に出場できたわけではありません。その意味では甲子園出場の壁を破ってくれた子たちに感謝ですね」
──これまでの苦戦の理由は?
「ひと言では言えませんが、周囲の学校、高校野球全体のレベルが上がっている。東京都もベスト8、いや、ベスト16あたりはどの学校も実力差はほとんどない、紙一重だと思っています」
(聞き手=阿川大/日刊ゲンダイ)


















