サッカー元日本代表MF山口素弘さんがW杯を占う「日本はグループリーグ2勝1分か2勝1敗かな」
山口素弘(サッカー元日本代表/57歳)
2026年北中米サッカーW杯が開幕した。日本代表は15日(日本時間)に初戦のオランダ戦を迎えるが、日本が最初にW杯を戦った1998年フランス大会で1次リーグ3試合をフル出場した山口素弘さんに当時のこと、今大会の日本代表について聞いた。
■一番記憶にあるのは初戦のアルゼンチン戦
──1998年フランス大会はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと1次リーグを戦った。
やはり一番記憶にあるのは初戦のアルゼンチン戦ですね。僕らは初めてのW杯でとにかく初戦が大事だという思いがありましたからね。ひるむことなく戦おうというのがまずありました。
スタジアムに入った時はそうでもなかったけど、整列して入場する時は緊張しましたね。
アルゼンチンとはその3年前の95年のキング・ファハド・カップ(後のコンフェデレーションズカップ)でも戦いました。それが僕にとっての日本代表の最初の大会でした。あの時はダニエル・パサレラ監督の最初の頃。パサレラは選手の時はキャプテンとして活躍し、統率力があり、たとえるなら軍隊みたいな感じもあった。スピードが違うし、闘う集団という感じで強烈。W杯で対戦したバティストゥータ、オルテガ、ベロンらも顔を揃え、世界の力を推し量ることができた大会でした。
W杯本番では中盤のオルテガは注意しようと意識しました。名波(浩)、中田(英寿)と僕らも中盤はうまくコミュニケーションが取れていたから、十分戦える気がしていました。
試合中はパサレラ監督が強烈に檄を飛ばしていた記憶がありますね。前半は0対0で終わりたいと思っていたけど、バティに先制ゴールを決められた。スコアレスなら相手も焦りが出てくるだろうから、そこからだと思っていたのですが。
ハーフタイムでは追いつくのはもちろん2点目は取られたくないと僕の後ろにいる(DFの)井原(正巳)さんと話していました。後半に(FW)呂比須(ワグナー)のシュートや(DF)秋田(豊)のヘディングだったり、チャンスはあったけど、最後は向こうもシビアでした。もうひと工夫が足りなかったのかな。
アルゼンチンの選手は試合が終わった時に勝てたことでホッとした顔をしていた。やっぱり初戦の重要性を感じていたんでしょうね。
クロアチア戦は(FW)中山(雅史)さんのビッグチャンスもあったけど、一喜一憂はしませんでした。あそこでゴールが決まっていたら、歴史が変わっていたかもしれませんが。それも終わってみれば、の話で。中山さんはツートップを組んだ城(彰二)との相性も良かったし、献身的に動いて3戦目のジャマイカ戦ではゴールを決めましたしね。城もしっかりポストプレーをしてたと思います。
(FW)シュケルのゴールはショートカウンター気味でした。あの時はこちらの陣形が崩れていて、どう守るか微妙なタイミングだったけど、シュートを打たれる前も、打たれた場面でも、抑えようと思えば抑えることができたと思う。アルゼンチン戦と違い、0対0のまま後半のジリジリしていた時間帯に、一発でやられた感じです。


















