サッカー元代表DF秋田豊さん「ヘディングではほとんど勝てた」 3試合フル出場98年フランスW杯を振り返る
秋田豊さん(サッカー元日本代表/55歳)
北中米W杯のメンバーが発表された。森保ジャパンがいよいよ本番を迎える。世界に歯が立たなかった日本がW杯への扉を叩いたのは1998年フランスW杯だが、世界のひのき舞台に立ち、グループリーグ3試合にフル出場したひとりがディフェンダーの秋田豊さん。当時を振り返ってもらった。
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フランスで最初にピッチに立った時はスタジアムが意外とこぢんまりしていると思いましたね。日本人のサポーターも多かったし、会場に安室奈美恵の歌が流れ、ホーム感覚になれてプレッシャーはあまり感じていなかった。
ただ、やっぱりW杯。世界のトップクラスが集まって本気で向かってきますからね。親善試合とは違う。それまでにないものを感じたし日の丸を背負う経験は格別。いつもと違って胸に迫りくるものがありました。
──グループリーグ初戦の相手はFWバティストゥータを擁するアルゼンチン。秋田は3戦とも3-5-2の3バックの左サイドを務めた。
あの試合では僕はバティをマークしました。0対1で負けましたが、日本代表にとってW杯最初の失点はバティのゴールでした。あのゴールの時は僕からはボールが消えていて、相手のボールが名波(MF)の足に当たって軌道が変わり、それを拾ったバティにゴールを決められてしまった。
あの得点シーン以外はパーフェクトに抑えていましたからね。バティはミドルシュートとクロスが売りだけど、あの時は一瞬のチャンスをモノにされてしまった。さすがだなと思いました。これが世界のストライカーといわれるプレーヤーなのかと。
悔しかったのは僕らにもチャンスがあったことです。セットプレーとかで。結果的にはそういうところで決め切ることができるかできないかの差なのかと思いました。
体格的に大差はないと思いました。思い出すのはヘディングの競り合いとか、クロスの競り合いですね。ちょっとズレたら決められるというのはありました。僕はヘディングがウリだけど、ヘディングはほとんど勝てたと思います。
向こうの選手はベロン、シメオネ、オルテガ、サネッティらが並ぶスター軍団。最低でもドローにできればと思ってやっていました。


















