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羽川豊プロゴルファー

1957年栃木県出身。79年日本学生ゴルフ選手権優勝。翌80年にプロテストに合格すると、ルーキーイヤーの81年は日本オープン、日本シリーズに優勝。同年代の湯原信光、倉本昌弘とともに「ニューウェーブ三羽烏」と呼ばれた。82年にはメジャーのマスターズから招待され、初出場で15位。「世界最強レフティー」と絶賛された。現在はシニアツアーでプレー。テレビ解説者としても活躍している。

メジャーで最後に残るのは…全米女子プロで無名のデビ・ウェバーが優勝争い出来たワケ

公開日: 更新日:

 メジャー大会はショットの精度が高い人が上位にきますが、最後はパッティングが打てる人が残ります。

「打てる」というのは、しっかりヒットできるということです。

 ユ・ヘランが優勝した全米女子プロ選手権で3位になったデビ・ウェバーが、それを披露してくれました。

 正直、この選手のことは知りませんでした。2022年からツアーに参戦し、これまでベスト10入りは3回。無名に等しい選手ですから、メジャーで優勝争いしたことを不思議に思う人もいたでしょう。

 プロにとってパッティングは永遠のテーマです。若い時は怖さ知らずで強気に打てますが、長くトーナメントを戦っていれば1メートル以内を外したり、ショートしての3パットで負けることもある。やがて失敗経験が脳と心に蓄積され、入れることより、ミスした後を考えるようになる。シード権や予選落ちが懸かれば「マイナス思考」が強くなり、手の動きの邪魔をする。重症はイップスです。

「技術」以外に相性もあります。今回のグリーンは目に見えないほどの微妙な起伏があり、ライン読みを迷わせました。さらに、大会前の大雨でソフトになり、初日からボールが動くほどの強風も吹き荒れました。乾燥で少し硬くなってきたら、最終日は朝の大雨で再び水分をたっぷり吸い込みました。パットがうまい山下美夢有でさえ、タッチと読みが合わず、3日目までは連日30パット以上。結局12位に終わり、優勝争いに加わることはできませんでした。グリーン上でこんなに苦戦したのは初めてではないでしょうか。

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