新人だった城島健司は「3球三振」でも“日本史上最高のスイッチヒッター”をうならせた
元ソフトバンク広報・田尻一郎氏による「鷹の真実」(第16回=2024年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係──。
今回はあの城島健司氏について綴られた元ソフトバンク広報・田尻一郎氏による「鷹の真実」(第16回=2024年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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球団会長付特別アドバイザーを務める城島健司(48)は、僕が打撃投手をしていた1994年ドラフト1位で別府大付高から入団しました。
あれは忘れもしない95年、オーストラリアのゴールドコーストでの春季キャンプ。打撃練習で18歳の城島相手にボールを投げたところ、右翼フェンスを越える逆方向の一発。打撃投手は打たせるのが仕事ですが、それでも高卒ルーキーが春のキャンプで逆方向に柵越えなんて、見たことがありませんでした。
打撃については凄まじいものを持っており、「日本史上最高のスイッチヒッター」と言われた松永浩美さんをうならせたこともあった。当時からバッターとしての素質は「10年に1人」と言われていましたが、松永さんは「城島が10年に1人なら、秋山幸二さんは20年に1人や」と話していました。


















