故・野村克也監督にずっと聞きたくて結局聞けずじまいに…僕の野球人生を激変させたあの一件
飯田哲也氏による「すべては野村ヤクルトが教えてくれた」(第1回=2020年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係──。
今回はあの故・野村克也氏ついて綴られた、飯田哲也氏による「すべては野村ヤクルトが教えてくれた」(第1回=2020年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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今でも本当のことなのか、信じられない思いでいます。
今年2月11日、恩師の野村克也さん(享年84)が永眠されました。突然の訃報に「まさか」と、頭の中が真っ白になったのを覚えています。だって、僕はその2週間前にヤクルトのOB会でご本人と会ったばかり。腰が悪く車イスにこそ乗っておられましたが、まだまだ元気そうでした。「頑張ってるか」と声をかけてくれて、僕も「元気でいてくださいね」と話してから、そう時間は経っていませんでしたから。
翌12日、先輩の荒井幸雄さんと一緒に野村監督の自宅に行き、最後のお別れをしました。ヤクルトのユニホーム姿でリビングに横たわり、両目を閉じる監督の姿。手を合わせて焼香をしても、亡くなられたという事実を自分に納得させるのは難しかった。安らかに眠るお顔を見た時、「いまにも僕を怒ってきそうだ」と思ったのは、現役時代の思い出があるからでしょうね。僕は野村監督に怒られたり、注意されてばかり。それでも試合で使ってくれたことへの感謝しかありません。だから、亡くなられた今も、まだ信じられないでいる自分がいます。本当に寂しいという言葉しかありません。


















