著者のコラム一覧
三島邦弘

ミシマ社代表。1975年、京都生まれ。2006年10月単身、ミシマ社設立。「原点回帰」を掲げ、一冊入魂の出版活動を京都と自由が丘の2拠点で展開。昨年10月に初の市販雑誌「ちゃぶ台」を刊行。現在の住まいは京都。

読後、「この人には敵わない」と衝撃

公開日: 更新日:

「かなわない」植本一子著

 読了し本を閉じると、真っ先に私の口をついて出た言葉がこれだった。「この人には敵(かな)わない」。久しく受けたことのない衝撃だった。翌日、気がついた。ああ、これは「桜桃」を読んだときのそれに似ている。――子供より親が大事、と思いたい。

 そこで考えた。現代の親たち(2児の父である私を含め)に、「子供より」などと口にする資格はあるだろうか。その資格とは、太宰のあの食べ方ができるかどうかにある。妻と子を3畳間に残して訪れた料理屋で、太宰は桜桃を「極めてまずそうに食べては種を吐きながら」、先のセリフを呟いたのだ。つまり、自分の弱さをごまかさないこと、その事実を直視し続けること。この本で著者は、両者を一貫して堅持し、壮絶な4年分の日記と美しい詩のような散文を記し、一冊に収めてみせた。

 下の娘の保育園が決まると、「とうとう私の時間が戻ってくる」と素直につづる。広島の実家に戻ったとき、「はっきりと、東京に帰ることを拒んでいる自分がいることに気づ」く。なぜなら、「助けてほしいときに、誰にも声をかけられないあの孤独感。そして放射能の問題」があるから。スーパーに行けば、「『泣くような子どもを連れてくるんじゃないよ』と怒鳴られ」る。カメラマンとしての仕事を再開するも、「仕事で何かあったとき」、「子どもがいるから、育児が大変だから」と言い訳する自分に葛藤。ある日の朝、大泣きされながら2人の娘を保育園に連れていく。先生に「どうしましたか?」と笑顔で聞かれると、「泣いてしまい」、「育児が苦痛でしかたありません」と伝える。夫の石田さんがいない「3人で過ごす休日が苦痛で苦痛でたまらない」。いらいらが去ったその日の夜、「私と同じように世界中で孤独に育児をしている人が、どうか平穏でいられますようにと心から願う」。

 徐々に仕事が好転していく。それに伴い育児も、と期待していると、予想だにしない展開が待っていた。母との確執(母娘問題)、「彼」の登場、離婚要請……。「叶わない」ものたちに囲まれ、著者はどうなっていくのか? ひとつ断言できるのは、ここに書かれていることはすべて、「私」の話だということ。とにかく読んでほしい。(タバブックス 1700円+税)




【連載】京都発 ミシマの「本よみ手帖」

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  2. 2

    ドジャース「佐々木朗希放出」に現実味…2年連続サイ・ヤング賞左腕スクーバル獲得のトレード要員へ

  3. 3

    ドジャース大谷翔平32歳「今がピーク説」の不穏…来季以降は一気に下降線をたどる可能性も

  4. 4

    ギャラから解析する“TOKIOの絆” 国分太一コンプラ違反疑惑に松岡昌宏も城島茂も「共闘」

  5. 5

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  1. 6

    国分太一問題で日テレの「城島&松岡に謝罪」に関係者が抱いた“違和感”

  2. 7

    今度は横山裕が全治2カ月のケガ…元TOKIO松岡昌宏も指摘「テレビ局こそコンプラ違反の温床」という闇の深度

  3. 8

    国分太一“追放”騒動…日テレが一転して平謝りのウラを読む

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    大谷翔平のWBC二刀流実現は絶望的か…侍J首脳陣が恐れる過保護なドジャースからの「ホットライン」