著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

公開日: 更新日:

 明治時代の日本野球を描いた長編小説である。主人公は2人いて、1人は一高OBの宮本銀平。日本文具新聞に勤めている男だが、母校野球部のコーチを頼まれるところから本書の幕が開く。明治の中ごろは一高が学生野球をリードしていたが、明治末ごろになると早稲田などの新興勢力に押されて旗色が悪くなっていく。つまりここで描かれるのは一高の苦難時代なのである。

 この銀平以外はすべて実在した人が登場する小説だが、もう一人の主人公が押川春浪。明治の冒険小説作家だ。スポーツを楽しむ私的団体「天狗倶楽部」を結成したことでも知られているが、この男の魅力が本書には満載である。たとえば、春浪が羽田に開設した運動場で野球の試合をしたとき、「俺は何のために早起きして羽田くんだりまで行ったんだ」と代打で一度登場しただけの岩野泡鳴が嘆く場面がある。そのときに春浪は「ろくに球を放れない奴を出せるか」と言うのだが、その春浪も平凡なゴロをトンネルしたり、せっかく捕ったと思ったら、今度は暴投とくるからおかしい。

 朝日新聞の野球害毒キャンペーンと闘う春浪を描く本書の後半も読みごたえたっぷりだ。この騒動のために春浪は博文館を退社することになるのだが、いま読むとそれが惜しまれる。もっと自由に、のびのびと生きてほしかった。はるか遠い昔の話だが、とてもリアルな野球小説といっていい。(新潮社 2100円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松任谷由実が矢沢永吉に学んだ“桁違いの金持ち”哲学…「恋人がサンタクロース」発売前年の出来事

  2. 2

    ヤクルト「FA東浜巨獲得」に現実味 村上宗隆の譲渡金10億円を原資に課題の先発補強

  3. 3

    どこよりも早い2026年国内女子ゴルフ大予想 女王候補5人の前に立ちはだかるのはこの選手

  4. 4

    「五十年目の俺たちの旅」最新映画が公開 “オメダ“役の田中健を直撃 「これで終わってもいいと思えるくらいの作品」

  5. 5

    「M-1グランプリ2025」超ダークホースの「たくろう」が初の決勝進出で圧勝したワケ

  1. 6

    出家否定も 新木優子「幸福の科学」カミングアウトの波紋

  2. 7

    福原愛が再婚&オメデタも世論は冷ややか…再燃する「W不倫疑惑」と略奪愛報道の“後始末”

  3. 8

    早大が全国高校駅伝「花の1区」逸材乱獲 日本人最高記録を大幅更新の増子陽太まで

  4. 9

    匂わせか、偶然か…Travis Japan松田元太と前田敦子の《お揃い》疑惑にファンがザワつく微妙なワケ

  5. 10

    官邸幹部「核保有」発言不問の不気味な“魂胆” 高市政権の姑息な軍国化は年明けに暴走する