「あれは誰を呼ぶ声」小嵐九八郎著
時は1970年。前年の東大の安田講堂事件を境に新左翼運動は大きな分岐点にさしかかっていた。北海道の日高山脈南部で育った帯田奈美。2人の姉はともに美人で頭がいいが、彼女は不細工で成績も良くない。この地にいても先行きはない、ともかく家を出ようと東京の親戚の家に厄介になる。いとこの仁が学生運動で逮捕され刑務所に収監中で、その空き部屋を借りているのだ。仁は小さい頃からなぜか美人の姉たちよりも奈美をかわいがってくれ、そんな仁に淡い恋心を抱いていた。
仁の隣の房に収監されているのが平与武彦で、赤軍派の一員と早とちりされ逮捕されていた。一足早く出所した仁は、ほとんど面会人が来ない与武彦を気の毒に思い、奈美に面会へ行くように頼む。何度か会っているうちに奈美は与武彦に引かれ、2人は恋人関係に。
その後、浅間山荘事件、集団リンチ事件、内ゲバ、爆弾闘争と新左翼の運動は袋小路に入り込んでいく。労組活動する仁、東アジア反日武装戦線に接近する与武彦、2人の間で揺れる奈美……。変転する時代の中で翻弄される3人の姿を描きながら、70年代という時代の本質に迫る長編小説。
(アーツアンドクラフツ 2200円+税)