「MMT 現代貨幣理論とは何か」井上智洋著/講談社選書メチエ

公開日: 更新日:

 現代貨幣理論(MMT)が、日本の経済学者を二分し、感情的な対立が続いている。本書は、そのMMTをマクロ経済学者の立場から、冷静に、客観的に、分かりやすく解説したものだ。

 著者によると、MMTの論点は、①財政的な予算制約はない②金融政策は有効でない③雇用保障プログラムを導入すべし、の3点だという。著者の見立ては、①については肯定的で、②と③については懐疑的だ。

 いま最大の論争になっている①の「自国通貨を発行する国では、財政赤字は問題にならない」という点について、著者は貨幣論の観点から、とても丁寧な説明をしている。著者によれば、貨幣はデータに過ぎない。お札は単なる紙切れで、それを貨幣にしているのは政府なのだから、政府はお金を刷ることでいくらでも借金を返せる。もちろん、それをやり過ぎるとインフレになってしまうから、おのずと限度はあるが、そのこともMMTはきちんと認識している。主流派経済学者たちの大きな間違いは、税収の範囲内に財政支出を抑えようとする財政均衡主義だと著者は言う。これはとても重要な指摘だ。財政均衡主義を外せば、財政政策の自由度が大きく増えるからだ。

 一方で、著者は財政の持続可能性について、主流派の経済理論とMMTは、矛盾しないという驚愕の結論を導き出している。詳しい説明をする紙幅がないが、冷静に考えると著者の説明は正しい。つまり、どちらの理論を採るにせよ、ほどほどの財政赤字を出し続けることは可能なのだ。

 その財源を使って何をやるのか。MMTは、すべての求職者に政府がもれなく雇用機会を用意する雇用保障プログラムを導入すべきとしているが、著者は例えば月額7万円をすべての国民に一律に給付するベーシックインカムのほうが望ましいという。政府が望ましい仕事を常に用意できるのかという問題があるからだ。

 もしMMTを政府が理解し、ベーシックインカムを導入すれば、デフレからの脱却ができるだけでなく、日本社会が根底から変わる。その意味で、本書は日本を閉塞状況から救い出すきっかけになる力を持っている。すべての人に読んで欲しい。

★★★(選者・森永卓郎)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

  2. 2
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 3
    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  4. 4
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  5. 5
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  1. 6
    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

  2. 7
    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

  3. 8
    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

  4. 9
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

  5. 10
    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり

    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり