「もっと試験に出る哲学『入試問題』で東洋思想に入門する」斎藤哲也著/NHK出版新書

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 大学センター試験を通じて東洋思想を学ぶというユニークな作品だ。古代インド思想、仏教、儒教、道教はもとより、日本の尊皇攘夷思想や西田幾多郎の「無の哲学」の特徴をこの一冊で知ることが出来る。

 斎藤哲也氏には、難しい事柄について水準を落とさずに易しく言い換える類い稀な能力がある。仏教についての説明を見てみよう。仏教の特徴は、どのような存在もなんらかの原因から生じ、その原因がなくなれば滅するという縁起説にある。この因果関係は、常に変動するので、安定は存在しない。存在しない安定を求めるから、人は不満や不安を抱くのだ。

 縁起説によれば、現在、自分が不幸なのは、過去の原因に基づくことになる。これだけならば、宿命を受け入れろという諦めを説くことになるが、そうでないところに仏教の強さがある。現在、努力して原因を変化させれば、いずれ好ましい結果をもたらすことができる。縁起説は希望の原理にもなる。ここで問われるのが一人ひとりの生き方だ。友情の心である「慈」と苦しんでいる他者を助けようとする心である「悲」によって、人間は救われるのだ。
<縁起説を敷衍すれば、どんな生きものも孤立した「個」ではありえず、他者とのネットワークのなかでのみ生きられる存在です。そのネットワークに調和をもたらすために不可欠なものが慈悲であると、ブッダは説いたのです。

 ここでいう他者とは、人間にかぎりません。輪廻説を前提にすれば、どんな生きものもかつては父母兄弟親子であり、仲間として心配すべき存在です。したがって、生きとし生けるものすべて(一切衆生)に対して、わけへだてなく無制限に慈悲を育てよとブッダは教えます。それもまた、自我の妄想を破るための実践なのです>と斎藤氏は指摘するが、その通りと思う。

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、日本全国が緊急事態宣言の対象になっている。この危機的状況から抜け出すためにも、縁起説を学ぶことに意味がある。新型コロナウイルス禍が去ったあとの世界では、人間の内面に対する関心が強まる。その際に本書がよい道標になると思う。

 ★★★(選者・佐藤優)

(2020年5月4日脱稿)

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