私と同じレフティー細野勇策の初優勝で思い出した「必要は発明の母」だった時代
「羽川以来のレフティー優勝なるか」といわれ続けてきた細野勇策が日本プロゴルフ選手権で優勝しました。最終日最終組は今回が9回目。接戦をものにできたのは、悔しい敗戦から多くのことを学んだからでしょう。
私のツアー初優勝は1981年の日本オープンでしたが、それまで2位が何度かありました。鮮明に覚えているのは2カ月前の関東プロです。当時はパットもよく入り、怖いもの知らずの勢いがありました。最終日は金井清一さんとのプレーオフになり、ドライバーショットのOBで負けました。それからティーショットに対する集中度が変わりました。
今回の優勝を境に、国内のレフティーといえば細野だ、と夢は大きく持ち、新しいレフティーの歴史をつくって欲しい。
細野の活躍で「左利き」のゴルファーが注目されたらうれしいですが、少年野球では右打ちを左打ちに変える選手は多いのに、右利きのゴルファーが左打ちに変えたというのは、世界でもP・ミケルソンぐらいではないか。元プロ野球選手で「世界のホームラン王」と呼ばれたサウスポーの王貞治さんもゴルフは右打ち。実業団のソフトボール剛腕サウスポーだった岡本綾子さんもゴルフは「右」で覚えました。


















