「焼き鳥の丸かじり」東海林さだお著/文春文庫

公開日: 更新日:

「丸かじりシリーズ」文庫版の最新・第40弾だ。同シリーズはほぼすべて読んでおり、1967年に連載が開始された「新漫画文学全集」以後の著者の漫画もかなり読んできた。しかしここ数年、東海林氏の文章から離れていた。今年で83歳。果たして昔のようにビールをガブガブ飲み、モツ煮込みの脂分「白いトコ」をこそげ落として上品な味にしてしまうことに怒り、口の中に果たしてかっぱえびせんは何本入るか実験――こうした中年~前期高齢者の頃の同氏のパワー・探求心が失われていたとしたらイヤだな、と失礼ながら思っていたのだ。

 本書は2015~16年に「週刊朝日」に連載されたものが収録されたため、当時の東海林氏は77~78歳にあたる。

 このたび久々に新刊を読んでみたのだが、変わっていなかった。相変わらず自分の口の中の容量は何ミリリットルかを量ったり(110ミリリットル)、脂身への偏愛ぶりをつづり続けている。さて、本書にチラリと出てきたのが、東海林氏が肝臓がんを患ったという話だ。えぇ? そうだったの! と思わされたが、確かに本書は過去の同シリーズとは趣が異なる。甘いものの登場頻度が若干高くなっているのだ。

 だからこそ、東海林氏の体調を心配したのだが、以下の記述には安心した。牛肉の脂身やチャーシューの脂身等を挙げ、こう続ける。

〈ああ、何て彼らは魅力に満ちていることでありましょう。世の中にはたくさんいるはずなんです、こういう脂身が好きな人は。いないはずがないっ(と、急に語気を強める)〉

 さらに、すき焼きで最初に使う牛脂を仲居が捨てることについてこうくる。

〈それを見て、思わず「アッ」と腰を浮かしちゃうやつ。思わず「それちょうだい」と言いそうになるやつ〉

 そしてこの脂身を「夢の塊」とまで評する。

 東海林氏の過去の漫画を読むと、歯茎を丸出しにした女性が時々登場するが、今回も歯茎についての記述が「日本焼き鳥史外伝」に登場するなど、同氏の歯茎への飽くなき探求心がブレずにみられる。

 同氏はけっこう腹を立てるが、そこまで苛烈に怒りを表現しない。ただ、今回は「大食い・早食い競争」の類いについては「もう欲と得だけ、下品で醜悪で無様で汚くて卑しくてさもしくて(後略)」と容赦ない。キレ味は昔のままで、脂身が好きでスーパーでの買い物を楽しんでいる。

 すいません、勝手に心配してました。さすがは東海林さんです、と思わせる一冊。

 ★★★(選者・中川淳一郎)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    小室圭さん年収4000万円でも“新しい愛の巣”は40平米…眞子さんキャリア断念で暇もて余し?

    小室圭さん年収4000万円でも“新しい愛の巣”は40平米…眞子さんキャリア断念で暇もて余し?

  2. 2
    メジャー29球団がドジャースに怒り心頭! 佐々木朗希はそれでも大谷&由伸の後を追うのか

    メジャー29球団がドジャースに怒り心頭! 佐々木朗希はそれでも大谷&由伸の後を追うのか

  3. 3
    若い世代にも人気の昭和レトロ菓子が100均に続々! 製造終了のチェルシーもまだある

    若い世代にも人気の昭和レトロ菓子が100均に続々! 製造終了のチェルシーもまだある

  4. 4
    巨人にとって“フラれた”ことはプラスでも…補強連敗で突きつけられた深刻問題

    巨人にとって“フラれた”ことはプラスでも…補強連敗で突きつけられた深刻問題

  5. 5
    長渕剛の大炎上を検証して感じたこと…言葉の選択ひとつで伝わり方も印象も変わる

    長渕剛の大炎上を検証して感じたこと…言葉の選択ひとつで伝わり方も印象も変わる

  1. 6
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  2. 7
    「監督手形」が後押しか…巨人入り目前から急転、元サヤに収まった真相と今後

    「監督手形」が後押しか…巨人入り目前から急転、元サヤに収まった真相と今後

  3. 8
    東京15区補選は初日から大炎上! 小池・乙武陣営を「つばさの党」新人陣営が大音量演説でヤジる異常事態

    東京15区補選は初日から大炎上! 小池・乙武陣営を「つばさの党」新人陣営が大音量演説でヤジる異常事態

  4. 9
    高島彩、加藤綾子ら“めざまし組”が大躍進! フジテレビ「最強女子アナ」の条件

    高島彩、加藤綾子ら“めざまし組”が大躍進! フジテレビ「最強女子アナ」の条件

  5. 10
    「救世主にはなり得ない」というシビアな見方…ピーク過ぎて速球150キロ超には歯が立たず

    「救世主にはなり得ない」というシビアな見方…ピーク過ぎて速球150キロ超には歯が立たず