中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<5>こいつ、完全に自分に酔ってる

公開日: 更新日:

 お次は社会不安を誘うつもりか。津賀沼の弁舌を聞くに従って嫌悪感が募る。

 津賀沼は国民党相沢派に属している。相沢派と言えば現総理真垣統一郎の出身派閥だが、第四派閥の哀しさで党に対する影響力は微弱に過ぎる。所属している津賀沼も同様で、マスコミの露出が多い割に人望も将来性もない。見るからに上昇志向の強そうな津賀沼は、そういう評価を覆したいがために、しばしば会見を開く。よせばいいのに暇で無責任な記者が面白がって会見場に集まるものだから、本人もやめようとしない。犬養自身、政界の道化師を眺める気分でいたことも確かだ。

 だが今回の会見はいささか趣が違う。

 医療従事者による安楽死は犬養と明日香が懸命になって追い続けた事件だ。〈ドクター・デス〉と名乗り、SNSを通じて安楽死を希望する者に処置を施す犯罪者。身から出た錆とは言え、犬養は娘である沙耶香も危険に晒してしまった。そればかりか〈ドクター・デス〉の披露する倫理に惑わされ、最後は警察官としての信念を木っ端微塵に粉砕された。あの時の屈辱と無力感は今なお犬養の精神を蝕んでいる。解決したのは事件だけだ。犬養の葛藤は未だに出口を見つけられずにいる。これほど犬養の胸に深い爪痕を残した事件もない。

 ところが津賀沼は必ずや二人目三人目のドクター・デスが出現すると嘯いている。冗談ではない。心身ともにぼろぼろになってまで解決した事件を、そうそう簡単に繰り返されて堪るものか。
『無論、そうした事件を未然に防ぐのは当然ですが、それでは警察と犯人のいたちごっこに終始してしまう惧れがあります。やはり安楽死を望む患者を救うという観点で、法整備をしなくてはいかんと考える所存なのであります』

 一瞬、画面の中で津賀沼の表情が緩んだ。カメラの向こう側にいる視聴者に大見得を切る直前の顔だった。
『法案を提出するには時期尚早という声もあるでしょうが、停滞は政治にとっての悪徳です。わたしは決して立ち止まりません。日和見を決め込むのは国民への裏切りだからであります』

「ダメだ、こいつ。完全に自分に酔ってる」

 明日香は呆れたように呟く。

「チャンネル替えましょうか、犬養さん」

「そのままにしていろ」

 犬養の漠然とした不安が声になっていた。

『事は国民の生命と未来の医療体制を左右する喫緊の課題であります。党内の仲間と協議するのはもちろんですが、これは派閥も党も越えた問題であり、わたしとしてはまず超党派の勉強会を実施し、一刻も早く原案を策定後、然るべきタイミングで法案提出に臨みたい考えです』

(つづく)

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